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2016年6月10日 (金)

日中友好親善(その5)

日中友好親善(その5)
未知の中国
これから長期的に見て、世界平和のため日本がやるべきもっとも基本的なことは、日米同盟を基軸にしながらも中国との友好親善を図ることである。真の日中友好親善のためにこれだけのことは是非日本人に知っておいて欲しいというものを取りまとめた「日中友好親善のために」という私の論文があるが、ここではその一部を紹介しておきたい。

中国と言えば、儒教の国、礼を重んじる国というのが一般的な認識ではなかろうかと思う。それはそれで間違いではないが、実は、儒教には致命的な欠点があって、その欠点を補っているのが道教である。「帮(ほう)を知らずして中国を語る事なかれ!」と言われるが、中国には 帮(ほう)というものがあるらしい。 私は、幇(ほう)に見られる儒教の精神と道教の精神とが車の両輪の如く動いているからこそ、中国は世界でも稀有な素晴らしい国なのだと思う。

儒教というのは、人間社会の秩序を守るために、人間関係のあるべき姿を説いたものであって、人と神との関係はほとんど語られていない。しかし、人間が幸せになるには、神を常に意識し、神頼みをしなければならない。エイトス、アンドロボイ、ダイモーン。人は神の近くにいるのがいちばん幸せなのである。

日本も多神教の国であり、さまざまな神がいるが、面白い神というのはそうはいない。ところが、中国には、面白い神がたくさんいて、しかも、神と人間の間を取り持つ仙人がいる。仙人は、山の霊魂の助けを借りて、人々に夢と希望を与え、また厄介な病気を実際に治すのである。面白い神の存在、不思議な仙人の存在、これらはすべて道教の為せるとこ
ろであって、私は,これが中国のいちばん素晴らしいところである、と思う。

以上のような考えから書いたのが「日中友好親善のために」という私の論文の前編第2章の「未知の中国」である。
前編第2章「未知の中国」:http://www.kuniomi.gr.jp/geki/iwai/zenpen2.pdf

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