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2016年6月 1日 (水)

天皇の権威(その7)

天皇の権威について(その7)

第5章 日本の政治のあり方・・・民主主義の欠点を補う天皇の権威(その3)

以上が「正義の偽装」で佐伯啓思が述べている事柄の要点であるが、皆さんはどのように思われるであろうか? 驚きをもたれる方もおられるであろうし、目から鱗が落ちた感じを持たれる方もおられるかもしれない。ひょっとしたら違和感を感じる方もおられるかもしれない。しかし、私は、佐伯啓思の考えとほとんど同じである。そこで私は、佐伯啓思
だと大いなる敬意を表しながら、私なりの「政治論」と「天皇論」を書いた。それがこの論文である。その要点は以下の通りである。
天皇は、わが国の『「歴史と伝統・文化」の 象徴』である。『「歴史と伝統・文化」の 象徴』という言い方は、「歴史と伝統・文化」というものが本来「一」であり「多」であることから、国全体を意識し、かつ、地域性というものも意識した言い 方であると言えよう。地域性というものは大事である。「違い」すなわち「多」というものは大事である。「違い」すなわち「多」があるからこそ、統合の価値 が生じてくる。国民というものは「多」であるが、天皇は「一」であり「多」である。「空」と言って良いのかもしれない。天皇は「一」であり「多」であるものの象徴でなければならない。

天皇の象徴性を支える基盤は、わが国の「歴史と伝統・文化」にある。したがって、憲法の第1条については、『 天皇は、わが国の「歴史と伝統・文化」の象徴 』と書かれなければならない。これが私の主張である。

わが国では、天皇も国民も「違いを認める文化」を生きてきた。「和の文化」を生きてきたといってもいい。それは、両極端を嫌うことでもある。つね に振り子の原理が働いている。したがって、「歴史と伝統・文化」にもとづく天皇という権威が武士による権力によって消えかかろうとするとき、天皇は、非 人、河原者、遊女、芸能民、鋳物師、木地屋、薬売り、海民などの・・・まあいうなれば権力の周縁部にいる人たちの力を借りて、武士の権力に立ち向わざるを えないし、またそれらの人びとも天皇を積極的に守らなければならないのではないか。天皇というものは、権力とも一体不可分であると同時に非権力とも一体不 可分である。どちらに偏してもいけないのではないか。「空」でなければいけないのではないか。

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