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2016年6月23日 (木)

明恵(その18)

明恵について(その18)
(6)明恵の一生 (その1)
 明恵は、紀伊国有田郡石垣荘吉原村の人。父は平重国,母は湯浅宗重の第四女。平重国は秩父氏の流れをくむが、もともと藤原氏である。また、母方の祖父湯浅宗重は、湯浅の豪族で藤原北家の藤原宗永の子とされる。
まず、湯浅町を中心として、明恵ゆかりの地理を説明しよう。次の地図をご覧いただきたい。
http://www.mapion.co.jp/m/basic/34.056904238770414_135.19964386665794_6/t=simple/icon=home,139.75678139,35.69088278

地図には大きく湯浅町と書かれているが、湯浅町は、JRでいえば、和歌山駅から白浜方面に向かって、鈍行で12駅目でおおむね45分である。特急は湯浅町に止まる列車と止まらない列車があるが、止まる列車の場合は和歌山駅から4駅目でおおむね30分である。
湯浅町は、現在、人口は一万三千人ぐらいの小さな都市だが、歴史は古い。漁業・農業が盛んであるし、紀州藩の保護を受けて醸造業が発達した醤油は日本で有名だ。温暖な気候を利用して柑橘類の栽培も行われている。特に醤油としては、歴史ある「湯浅たまり」というたまり醤油が有名で、その醤油蔵のある街並みは湯浅の重要伝統的建造物群保存地区として選定されている。
なお、紀国屋文左衛門は湯浅出身である。それでは、湯浅町の観光のホームページを紹介しておこう。
http://www.yuasa-kankokyokai.com/yuasa_kankou.html

明恵が耳を切り必死の覚悟で修行を積んだ白上山地については、後ほど述べるが、上に示した地図では、西有田自然公園が登り口である。

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