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2016年6月10日 (金)

習近平の可能性(その6)

習近平の可能性(その6)
宮本雄二は、『習近平の中国 』(2015年5月、新潮新書)でさらに次のように述べている。すなわち、
『 毛沢東は、伝統的な価値観を唾棄していた。そして彼が発動した文化大革命は、伝統的な価値観と貴重な文化遺産の多くを破壊してしまった。次の鄧小平は経済を重視し、社会主義と共産主義の原理や原則を再確認することで共産党の統治を守ろうとした。だが、社会や家族のあり方、そして人間としての生き方に関する社会の伝統的な価値観については多くを語らなかった。伝統的な価値観の居場所はまだ定まっておらず、これから考えなければならない課題として残っている。(中略) 伝統的な価値観を失うということは、人も、家族も、社会もバランスを失い、不安定になることなのだ。(中略) (現在の中国はそういう不安定な状態になっている。)これは中国の教育が伝統的な価値観を正面から取り上げなくなっただけでなく、中国社会の現代化が進んで、物質文明の大波が中国社会のも押し寄せてきていることと関係しているのではないだろうか。それだけではない。若者文化をはじめ、ありとあらゆる考え方や価値観が中国社会に押し寄せてきている。このように伝統的な価値観の基盤が弱っているところに、新しい価値観が次々と押し寄せ、その結果、中国社会の全体の価値観がさまよっているのである。中心となる価値観が無いのだ。これでは社会の建設などできない。中国社会は、この社会の価値観と社会を構成する市民の価値観を作り上げる必要がある。あえて「市民」という言葉を使ったのは、この言葉には自分で考え、判断し、行動する、社会の構成員としての意味が強いように感じるからだ。
習近平も伝統的価値観の重視を言い始めた。それしかないからだが、哲学的には未整理のままである。(p144~146)』

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