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2016年6月13日 (月)

習近平の可能性(その9)

習近平の可能性(その9)
宮本雄二は、『習近平の中国 』(2015年5月、新潮新書)でさらに次のように述べている。すなわち、
『 習近平の父親の世代は、まさに中華民族の復興のために身命を賭して戦い、習近平の時代は中国の経済発展のために全力を尽くし、大きな成果を収めた。世界第二位の経済大国となり、一位のアメリカとの距離は急速に縮まっている。軍事力も確実にアメリカに追いついている。ついに父祖の世代が来い焦がれた「中華民族の偉大な復興」が現実に自分たちの視野に入ってきたのだ。父祖が追い求めてきたもの、それが「中国の夢」であるはずだ。間違っている筈はない。これが習近平の判断であろう。だが問題は「中国の夢」の中身だ。
 中国の現状はどうか。「大国の夢」を追い求めてきた結果が、社会の格差の拡大であり、社会の安心と安全の劣化であり、コミュニティの崩壊であり、価値観の霧消である。暗然とした気持ちにならざるを得ない。そこで「中国の夢」に、「国家の富強」および「民族の興隆」とならんで「人民の幸福の実現」をくわえた。(中略) これから「中国の夢」をベースに新たな理論構築に進むであろう。しかし現時点での結論は、それが何かと論じるにはあまりにも漠としすぎており、彼らは思想の形成過程にあるとしか言えない。(p174~175)』

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