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2016年6月28日 (火)

淮南子(その5)

淮南子の思想について(その5)
松岡正剛は、淮南子の内容について、さらに次のように解説している。
『 淮南王は武帝の制度設計に抗したのである。制度に対するに衆智をもって対抗したのだ。そのため一方では 「積力衆智」「無為自然」「万物一如」をもって、そのエンサイクロペディックな思想の記述を柔軟にしていった。これが『淮南子』のまぜこぜ加減の按配に なっている。その他方では、自分たちが生まれ育ってきた背後の“歴史言語マザー”の特異性を持ち出した。ここで“マザー”というのは、老子や屈原の時代の古法を用いた観念技術的なコンセプトと、それをいかして古詩を詠じる表象技能的なフレーズとを、祖国や母国のために組み上げていく“母型構造”のことをいう。“楚≒淮南マトリックス”とでもいうものだ。このような“マザー”によって淮南王は何をしたかというに、遠い楚の文化を背景に、淮南の地に来し方行く末のための歴史文化と言語表現の再編集が可能であるのか、問うたわけである。『淮南子』は、その柔軟記述と特異マザーの関係について、こんなふうに説明をしている。「縮約できていながらも張り、漠然としているのに明快で、弱そうに見えて実は強靭な、つまりは柔にしてしかも剛であるような内実」を構成表現することこそ、この『淮南子』という試みの最も重要な目的なのである、と。しかしながら、すでに述べてきたように、それらのすべてが間に合わなかったのである。いっさいは挫折した。淮南王は謀反の罪に問われ、志し半ばで悲劇の王になった。けれどもその意図の大半は、いまなお『淮南子』そのものによって語り継がれることにもなったはずである。このことをこそ、今夜は言っておきたかった。』・・・と。

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