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2016年6月 7日 (火)

日中友好親善(その2)

日中友好親善(その2)
はじめに(その2)
さて、冒頭に述べたように、 これから長期的に見て、世界平和のため日本がやるべきもっとも基本的なことは、日米同盟を基軸にしながらも中国との友好親善を図ることである。しかし、皆さんの中には、日米同盟を基軸にしながらも中国との友好親善を図るなんてことは、矛盾であって、夢物語ではないかと思われる人も多いかもしれない。たしかに私は、親米派であり、かつ、親中派である。これは矛盾でもなんでもない。禅の言葉に、「両頭截断」という言葉があるが、ものごとのには必ず両面があるので,それにこだわっていてはいけないということを言っている。「あなたは善人ですか?・・・そうですねえ。善人と言えば善人だし,悪人と言えば悪人ですね。善人でもないし悪人でもない。ああ,やっぱり私は善人です。」・・・という訳だ。その「両頭截断」のひとつの例が、 親米派であり、かつ、親中派であるということであって、 これは矛盾でもなんでもないのである。

梅原猛は私にこう語ったことがある。「西洋文明は戦いの文明である。このままではもはや世界はやっていけない。新しい文明をつくっていかないと人類は滅びる。もちろん、その新しい文明 とは私たちの東洋文明ではない。西洋文明と東洋文明の融合のなかから第三の文明が誕生してこなければならない・・・」と。私は、梅原猛のいうとおり第三の文明を思いながら、アメリカに遍することもなく、中国に遍することもなく、日本独自の第三の道を歩んでいこうと思う。
私の尊敬する佐伯啓思が、だいぶ前になるが「自 由と民主主義はもう止める」という本を出した(2008年11月,幻冬舎)。日本の行末を指し示しており,非常に説得的で良い本だ。しかし,「親米保守」 という言葉について,語義矛盾の響きがあるという点に関しては,それなりに気持ちは判るが,私は意見をことにする。私は「親米」であり「保守」である。 「親米」と「保守」は決して矛盾はしない。確かに佐伯啓思が言うよう に「自由と民主主義を標榜するアメリカの価値観はもはや世界に通用しないことがはっきりしてきた。」ということだが、今後,新たな世界文明を築くために は,ようやく日本の出番がやってきたいうことである。アメリカにないものを日本は持っているからだ。それは「和」の精神である。「平和」の精神と言っても よいし,「違いを認める文化」と言ってもよい。或は「共生」の哲学と言ってもよい。。日本の政治家は、わが国の「歴史と伝統文化」に自信を持って、世界に堂々と「和」の思想・「共生」を熱っぽく語るべきだ。日本は「和」の国であ る。「和のスピリット」の国なのである。
http://www.kuniomi.gr.jp/geki/wa/index.html

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