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2016年6月 2日 (木)

山地拠点都市構想(その159)

山地拠点都市構想(その159)

第6章 山地拠点都市構想の実現に向けて(35)
第5節 山の国民運動(6)
5、知恵のある国家の国民運動(2)
(2)「山の国民運動」の中核となる権威ある民間組織

山の国民運動を如何に盛り上げ、それをどのように実際の事業につなげていくか?個人の ネットワークとしては、SNSがある。また、個人が自由に参加できる森林ボランティア 団体も上述のように今ではたいへん多くの団体ができていはいる。しかし、そういう団体 の自主的なネットワーク組織がない。それぞれの団体の活動については、林野庁が掌握し ているようだが、やはりそれぞれの森林ボランティア団体が、独自の活動を推進すると同 時に、現在日本の山が抱える緊吃の問題について考え、他の団体と連携して行動を起こす ようでないと、日本の山は救われない。日本の山の問題、それは源流地域の村落の活性化 の問題をも含むのだが、そういう山の問題を林野庁に任しておくだけでは不十分だと思 う。山の国民運動の盛り上がりが必要なのだ。先に述べたように、 NPO「緑の列島ネッ トワーク」 や 樹木・環境ネットワーク協会 の活動のほか、山の日制定運動も始まってい るし、 全国源流サミットも始まっている。しかし、現在、それらの山を良くするための 国民運動がすでに始まっているとはいえ、それぞれの運動が力不足なのだ。山に関する国 民運動が力強く始まるにはどうすればいいか? どうしても、「山の国民運動」の中核と なる権威ある民間組織が必要だろう。全国各地にある数多くの森林ボランティア団体の活 動を知恵のある「山の国民運動」に向けていくには、権力は無用である。権力ではなくて 「権威」が必要なのだ。

「権威」とは何か? 「権力」とは他人を力ずくで自分の意のままにさせる能力のこと。 自分の地位あるいは力により、たとえ他人の意思に沿わなくてもそうさせる能力のこと だ。それに対して「権威」とは、自分の影響力を働かせて、イデオロギーや宗教的教義とは関係なく、自分の意図している方向に、多くの人びとを快(こころよ)くとい うか自ずと行動させる威信のことである。
イエスは、まさに「権威」の人と言い得るが、近年では、ガンジーやキング牧師やマザー・テレサなどがそれに該当するかもしれない。 名僧といわれる人にはそれなりの権威がある。

私は、「山の国民運動」を支援する組織として権威あるNPOが必要ではないかと考えてい る。 私は、日本において「権威」を持っている人というのは、天皇をおいてほかにない と思う。天皇との繋がりにおいて、当然、皇族にも権威がある。私は、「祈りのシリーズ (5)「天皇はん」(平成24年5月、新公論社、電子出版)と「天皇と鬼と百姓」(平 成24年6月、新公論社、電子出版)で書いたように、本来、天皇や皇室は私たちに身近な存在であるし、皇族はもっと自由に社会にお出になられた方が良いと考えている。かかる観点から、私は、「山の国民運動」を支援する全国的なNPOとして、例えば NPO「緑の列島ネットワーク」 又は 「樹木・環境ネットワーク協会」に皇族が名誉総裁なり何らかのかたちでご就任いただいて、その繋がりの中で全国各地域の森林ボランティア団体の活動が行われることをイメージしている。三笠宮家の寛仁(ともひと)親王殿下は、生前、「皇族の身分を離れて、身障者問題に打ち込みたい」として1982年に宮内庁に 「皇籍離脱」を申し出られたそうだが、本来は、「皇籍離脱」をせずとも、皇族が皇室のままもっと自由に知恵のある国民運動に対する支援活動ができるようにすべきではないか。


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