« 日中友好親善(その6) | トップページ | 明恵(その8) »

2016年6月12日 (日)

習近平の可能性(その8)

習近平の可能性(その8)
宮本雄二は、『習近平の中国 』(2015年5月、新潮新書)でさらに次のように述べている。すなわち、
『 (「経済発展方式の転換」のためにには、)離農人口をどうするのかが中国指導部に突きつけられた大きな課題となってきた。この課題に対する習近平政権の対策は、「都市と農村が一体のなった、新しいタイプの工業、農業、都市、農村関係を作り上げようにする」(「決定」第6項)ことになる。その中心となるプロジェクトは都市化の推進であり、すでに雨後のタケノコのように全国各地で新たな都市が構想され、建設され始めている。中国全土の顔かたちを変えてしまうほどの壮大な実験がすでに始まっているのだ。そこに農村から人口を吸収していく。
 また、既存の大都市に農村人口が大挙して流入してくると管理不能となるので、そうならない形での「戸籍制度改革」を進めることにした。基本は「都市」を特大、大、中、小の四種類に分け、小都市への戸籍制限は全面的に撤廃し、中都市への制限は徐々に撤廃し、大都市への戸籍転入はある程度制限し、特大都市へは原則、転入させないというものだ。さらに都市に住む農村戸籍住民、つまり農民工の救済が始まった。都市の基本公共サービスを受けられるようにし、農村で参加した年金保険・医療保険を都市のものに接続させることとした。(p152)』

『 考えてみれば孔子も立派な政治指導者による立派な政治を実現しようとした。政治指導者が徳を身につけ、その徳の力で政治をする「王道政治」がそれだ。(中略) ところが中国の現場では、国民の教育レベルが高まり、外国を経験するものが増え、インターネットをはじめとする情報伝達手段が発達すると、国民は自己主張を始める。もはや「英邁な指導者と無知な大衆」の関係ではないのだ。(中略) この問題は、果たして現代化された複雑で高度な社会に「党の指導」原則を当てはめることができるかという、根本的な問題に辿り着く。この問題を解決するには、これまでとは全く違う新しい形の「党の指導」を考え出すか、あるいは中国共産党の一党支配を止め普通の民主主義を始めるしかない。彼らの残されているのは、これらの選択肢しかないような気がする。(p156~157)』

« 日中友好親善(その6) | トップページ | 明恵(その8) »

文化・芸術」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く

(ウェブ上には掲載しません)

トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.f.cocolog-nifty.com/t/trackback/1117507/65975282

この記事へのトラックバック一覧です: 習近平の可能性(その8):

« 日中友好親善(その6) | トップページ | 明恵(その8) »