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2016年6月 3日 (金)

山地拠点都市構想(その160)

山地拠点都市構想(その160)

第6章 山地拠点都市構想の実現に向けて(36)
第5節 山の国民運動(7)
5、知恵のある国家の国民運動(3)
(3)山の国民運動・・・これからの課題

「山の霊魂」の働きが期待できる危機的市町村の「元気再生」を図るためには何をやらねばならないか?  そのことについては第3節と第4節で縷々述べた。しかし、国民運動については、この第5節に委ねている。第4節で述べた「山の生態系の問題」に関連する国民運動として行いうるものとして、「木の文化と山を守る運動」がある。 ここでは、 その基本的な認識を述べておきたい。

日本は山国である。国土面積の約70%が山だという国は世界でも珍しい。そして、日本の登山の歴史はとても古く、世界に類を見ないほどである。西洋では、山は悪魔の住むと ころとして近代まで近寄る人は少なかったようであるが、わが国の場合、縄文時代にすでに山頂で祭祀が行われていた。また縄文時代は日々の生活においても霊山を崇めながら生活していた。石器時代の狩猟生活を考え合 わせてみれば、日本人の山との関わりあいは相当に古い。

縄文時代の霊山信仰は、仏教や神道などの宗教、哲学的思想と結びついたりしながら、近世中期以降には観光的要素も加わって、カタチを変えては現代にまで日本の民族宗教として展開してきている。この間の経緯については、宮家準(「霊山と日本人」)が多角的 な視点から論じている。

山が荒廃している。切り捨て間伐が常態化し山の生態系が壊れている。これは由々しきことだ。日本の場合、山は日本の風土の基本をなすものである。それが荒廃するということは、日本の風土が壊れることであり、故郷(ふるさと)が喪失するということである。それはとりもなおさず世界に誇りうる日本文化が消えていくということであって、日本が世界平和のために大いなる貢献をするなどということは夢のまた夢になってしまうのではないだろうか。しかし、今ならまだ間に合う。早急に国民的な議論を巻き起こして各方面にアッピールしていきたいものだ。
故郷(ふるさと)を喪失させてはならない。故郷(ふるさと)を喪失するということは、佐伯啓思が言っているように、日本国民がニヒリズムに陥りかねないという問題も含んでおり、これはまさに国是に関する重大問題でもある。

文化とは、中西進によれば、心の世界に関する教養の総体のことだが、日本は間違いなく「木の文化」の国である。わが国の「木の文化」については、小原二郎の「木の文化」(1972年、SD選書)と「法隆寺を支えた木」(1978年、NHKブックス)に詳しい。わが国は、スギやヒノキなどの針葉樹を中心に、その特性を生かした建築技術を発達させ、さまざまな木工技術を蓄積してきた。それらの技術によって桂離宮に見られるような美の極致とでもいうべき木造家屋も造ったが、そういうわが国の優れた建築技術は一般住居のいたるところに生かされている。庶民の住宅でも実に美しく、畳や障子などといったいになって心休まる居住空間となっている。そればかりではない。ご神木というものの存在を見ても判るように、わが国民には木に対して「信仰心」とでもいうべき心情を育ててきた。建物にしろ家具にしろインテリアにしろ、木には私たちの心を安らかにする力を秘めているように思われる。

「木の文化と山を守る運動」の基本的な思想は以上の通りであるが、その国民運動を「不燃化木材産業」の全国的展開とどう繋げていくかは今後の課題である。ともかく、一日も早く「木の文化と山を守る運動」を始めなければならない。

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