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2016年5月19日 (木)

継体天皇の謎(その47)

継体天皇の謎(その47)

おわりに(1)


「はじめに」述べたように、藤原不比等が記紀を創作した狙いは「祓いの神道」、すなわち中臣神道の創造にあった。記紀は、天照大神を皇祖神とする天皇を頂点とする為政者のヒエラルキーを持っている。 藤原不比等は、記紀神話によって、皇祖神・天照大神から始まる万世一系の天皇像を作り上げ、天皇の権威を詠いあげ、それを裏打ちする実態として伊勢神宮を作ったのである。かくして、日本は世界に誇る神道の国となった。

しかし、日本は神道の国であると同時に仏教国でもある。これで日本のかたちが成り立っていると思う。その仏教は、一般には、欽明天皇の時代に伝来したと言われているが、『上宮聖徳法王帝説』や『元興寺伽藍縁起并流記資財帳』によれば、宣化天皇の時代であり、いずれにしても継体天皇の子供である。仏教を日本に伝えたのは、百済の聖明王である。聖明王は何故日本に仏教を伝えたのか。


聖明王は継体天皇の時代の人であり、 聖明王は継体天皇のご恩に報いるため、継体天皇の子供である欽明天皇か兄の宣化天皇に釈迦仏の金銅像や経論などを送ってきたのだと、私は思う。そのお陰で、仏教国日本の現在がある。その功労者は継体天皇であるが、その礎を作ったのは聖武天皇である。



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