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2016年5月 8日 (日)

山地拠点都市構想の再検討の結果

山地拠点都市構想再検討の結果

もし小鹿野が私の思うような元気再生の道を歩んだとき、その動きと私の「山地拠点都市構想」との関係はどう なるのか? 小鹿野の元気再生と私の提唱する「山地拠点都市構想」との関係はどうなのか? 去る4月23日のつぶやきで申し上げたように、 小鹿野での講演をして以来、私はその点が気になって、私の論文 「山地拠点都市構想」を読み直した結果、少しその論文を書き直す必要があると思った。


それまでの山地拠点都市の定義は、『 山地拠点都市とは、「山の霊魂」の働きが期待できる山地の中心都市で、地域の 「歴史と伝統・文化」にもとづき中枢都市との「交流」並びに「自立的発展」を目指す 「美しい都市」のことである。』というものであったが、この部分の厳密を期し、新たな山地拠点都市の定義を次のようにする。

『 山地拠点都市とは、「山の霊魂」の働きが期待できる山地集落を自ら抱えると同時に、「山の霊魂」の働きが期待できる危機的市町村を農業振興と観光振興の両面で支援する都市都市で、地域の 「歴史と伝統・文化」にもとづき中枢都市との「交流」並びに「自立的発展」を目指す 「美しい都市」のことである。』

山地拠点都市としては、秩父を想定しているが、小鹿野町のことを考えると、このように定義しないと、小鹿野と秩父との関係が明確にならないからである。秩父市や浜松市などの私の想定する山地拠点都市は、「山の霊魂」の働きが期待できる山地集落を自ら抱えると同時に、隣接して、「山の霊魂」の働きが期待できる危機的市町村がある。

私は、市町村を、危機的市町村、山地拠点都市、大都市と3区分している。この3区分は、あくまで概念上の区別。地方中枢都市は大都市に含めるし、消滅可能性の少ない都市は、山地拠点都市に含める。そして、次のように考えている。

危機的市町村に対して、国は、ナショナルミニマムを確保するために必要な予算を除き、財政的支援をしない。ただし、顕著な自助努力をしている危機的市町村は、この限りでない。市町村の財政規律を確保するとともに市町村の自助努力にインセンティブを与えるため。
山地拠点都市に対して、国は、重点的に財政的支援する。支援のやり甲斐があるというか、 地域の 「歴史と伝統・文化」にもとづき中枢都市との「交流」並びに「自立的発展」を目指す都市であるからである。山地拠点都市は、交流拠点であり観光拠点でもある。したがって、山地拠点都市は、「美しい都市」でなければならない。
大都市の場合は、国の支援がなくても、自助努力で「自立的発展」が可能である。

以上のような考えから、市町村の三区分を考えており、このたびの山地拠点都市構想の再検討では、第6章の第1節と第2節について、必要な修文を行った。

http://www.kuniomi.gr.jp/geki/iwai/syuusei6a.pdf

なお、今後のつぶやきは山地拠点都市構想(その138)からであるが、それは 第6章の第3節から第5節の内容である。もちろん第6章第1節と第2節の修文に応じて、修文してある。

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