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2016年5月14日 (土)

老子とハイデッガー(その6)

老子とハイデッガー(その6)

老子の世界存在論(2)

すでに述べたように、 「宇宙の原理」、すなわち老子のいう「道」、それをハイデッガーは根源的自然の「臨在」と言っているのだが、その共通点を理解するには、ハイデッガーの根本的自然ならびに世界四元体論を意識した上で、「老子の万物生成論」を詳しく説明しておかなければならない。

それでは、以下において、「老子の万物生成論」をできるだけ詳しく説明することとしたい。

老子という書物の多くの章は、「道」にしたがう人間の生き方、すなわち「無為自然」の生き方を書いている。しかし、天、地、神のことも書いている章がある。それをこれから紹介する。

(1)第1章

「 欲がない立場に立てば道の微妙で奥深いありさまが見てとれ、いつでも欲がある立場に立てば万物が活動する結果のさまざまな現象が見えるだけ。この二つのもの・・・微妙で奥深いありさまと、万物が活動しているありさまは、道という同じ根源から出てくるものである。」

欲がない立場とは、無の境地のことであり、悟りを得た名僧の立場である。欲がある立場とは、私たち通常の人間のことである。私たちが見ている世界、すべての自然のありさまというのは、見えているのだが、実は、その奥に見えない微妙で奥深いありさまがあって、それら二つのありさまは、同じ原理によって生じている。それは、宇宙の原理であり、道であり、根源的自然である。老子は第1章でそういう意味のことを言っている。



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