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2016年5月14日 (土)

御霊信仰(その9)

御霊信仰について(その9)
御霊信仰の歴史的考察(その8)


下御霊(しもごりょう)さん

京都では、上御霊神社と下御霊神社を上御霊(かみごりょう)さんとか下御霊(しもごりょう)さんと呼ぶ。その上御霊神社と下御霊神社についてであるが、863年(貞観5年)、神泉苑で執り行われた御霊会と連動するような形で上御霊神社と下御霊神社が創建された。

上御霊神社も下御霊神社も創建の年代は明らかではないが、両神社とも、神泉苑での「御霊会」(863年)とタイミングを合わせて創建されたようだ。両神社 とも、中世以来朝廷と貴族の崇敬が厚く、上御霊神社に対しては、近世には毎年正月に御所から歯固めの初穂の寄進があり、天正、宝永、享保、宝暦などの社殿 修造に際しては宮中の内侍所(ないしどころ)が寄進された。また、下御霊神社に対しても、霊元天皇はことに信仰厚く、享保8年と14年の二度にわたっての 行幸祈願があった。その後、上御霊神社は、光格、仁孝、光明天皇の代には皇子や皇女の誕生に際し胞衣(えな)を神楽所の前に奉納されるなど、御所の産土神 (うぶすながみ)としての特別の待遇を受けた。武家もこれにならい朱印地19石を寄進したことがある。

すなわち、上御霊神社と下御霊神社は、朝廷や貴族と直結した格式の高い神社である。そればかりではない。御霊信仰というものを理解する上で上御霊神社と下 御霊神社はなくてはならない存在であり、私は、これからの日本の歩むべき道を考えた時、上御霊神社と下御霊神社の祭りがもっと盛んにならなければならない と思う。

神社の縄張りを氏子地域という。かって私の住んでいた梅屋学区も氏子地域だということもあり、上述の説明と多少ダブルところもあるが、「下御霊さん」のより詳しい説明をしておきたい。

http://www.kuniomi.gr.jp/geki/iwai/simogoryou.pdf

 

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