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2016年5月24日 (火)

山地拠点都市構想(その151)

山地拠点都市構想(その151)

第6章 山地拠点都市構想の実現に向けて(27)
第4節 「美しい都市」を目指して(6)
2、「美」とは?(3)
(2)景観問題は何が問題なのか?(2)

先にも申し上げたが、 風景には、「現実の風景」と「風土に根ざした風景」と 「精霊に根ざした風景」があるというのが私の考えだ。「現実の風景」の奥に「風土に根 ざした風景」や 「精霊に根ざした風景」という見えにくいが文化的に意味のある風景を 感じ取る、その感じ取り方というものは見る人の力量次第であって、一般的な観光客には 然るべき説明が必要だ。 しかし、地域文化の担い手でもある 地域の人々は、専門家の助 けを借りながら、地域の歴史を勉強し、知識を増やしながら芸術的な感性あるいは芸術人 類学的な感性を養うための訓練が必要であ る。大変だが、地域で生きるということはそ ういうことだ。そういう地域の人々の生き様というか「イデア」がプラトンのいう生成の 場「コーラ」に作用し、そ れがまた地域の人々生き様に跳ね返る。そういう相互の響き 合いによって、「風土に根ざした風景」と「精霊に根ざした風景」はさらに奥行きを増し て行く。そ れが地域文化の成熟というものではないか。そういう地域の人々の生き様を 行政は支えなければならないのである。勉強不足というか力量不足なるが故を以て, 行 政が地域住民の足を引っ張っぱる、そんなことが絶対にあってはならない。
前に少し「コーラ」について勉強したことがあるが、理 解不十分なまま今日まで来て しまった。「コーラ」は「場所」のことであるが、「イデア」はそれに働きかける主体で あろう。オペラでいえば主役歌手である。 私の理解では、「コーラ」はその背景で歌う コーラスみたいなものであって、中沢新一流にいえば「後戸の神」と言って良いかもしれ ない。「コーラ」(場所) についてはオギュスタン・ベルクの「風土学序説」という良 い教材がある。オギュスタン・ベルクの「風土学序説」にしたがってさらに突っ込んだ勉 強をしたことがあり、それをここに紹介しておきたい。
http://www.kuniomi.gr.jp/geki/iwai/keikan00.html

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