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2016年5月15日 (日)

継体天皇の謎(その43)

継体天皇の謎(その43)

第4章 継体天皇の大和入りを支えた多賀の豪族(1)

継体天皇の大和入りを支えた豪族たちは、大伴氏、物部氏、蘇我氏、秦氏(多賀の豪族)である。

蘇我氏と継体天皇との結びつきについては、すでに述べた。大伴氏や物部氏については、多賀の豪族について述べた後で述べることとして、まず多賀の豪族について述べることとしたい。「多賀の豪族」とは?

秦氏の近江の一大拠点である琵琶湖の湖東(愛知川えちがわ)に、隣接するようなかたちで、多賀の犬上氏や米原の息長氏がいるのである。 秦氏の近江の一大拠点である琵琶湖の湖東(愛知川えちがわ)は、現在、 愛荘町(あいしょうちょう)と呼ばれているが、2006年に愛知川町と秦荘町(はたしょうまち)が合併して誕生した町である。その秦荘町(はたしょうまち)の上蚊野地区に、現在、10基の古墳が、公園として整備されている。その古墳群は、戦後の開墾などにより、そのほとんどが姿を消しているが、かっては300を超える古墳群が広がっていたと言われている。それが秦氏の一族・依智秦氏の古墳群である。現在、「依智秦氏の里古墳公園」として整備されている。
http://www.shiga-bunkazai.jp/%E6%96%B0%E8%BF%91%E6%B1%9F%E5%90%8D%E6%89%80%E5%9C%96%E4%BC%9A%E3%80%80%E7%AC%AC73%E5%9B%9E/

その秦氏の一族・依智秦氏の古墳群に隣接して、多賀大社がある。多賀大社については、『古事記』以前の時代には、一帯を支配した豪族・犬上君の祖神を祀ったと言われている。 犬上君(犬上氏)は、多賀大社がある「犬上郡」の名祖であり、第5次遣隋使・第1次遣唐使で知られる犬上御田鍬を輩出している。
多賀大社の近くに、犬上君の古墳と思われる 荒神山古墳がある。
http://toyoreki.way-nifty.com/blog/2011/10/post-4dcc.html



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