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2016年5月13日 (金)

長谷川真理子の考え(その2)

長谷川真理子の考えについて(その2)

長谷川真理子は、以上のように、文化万能論の誤りを指摘すると同時に、「 ヒトの行動のどこまでが遺伝子的に決まったもので、どれほどが学習によるのか、そんなことはどうせはっきりとはわからないでしょう。」と述べている。しかし、長谷川真理子は、人が行う行動と遺伝子との関係があいまいであるとして、人の行動は、個人のまったく自由意志に基づくものではなく、自分の意志ではどうにもならない部分があることを認めている。つまり、極めて慎重に考えなければならないが、遺伝子に支配される部分がありうることを認めているのである。

このことは、男と女の違いを考える場合に、極めて重要な点であるので、以下において、その点につき私の考えを説明をしたいと思う。

私の考えの要点は、「男は、もちろん厳しい学習・訓練によってではあるが、「宇宙のリズム」を感じることことによって、自分の意志で特別の能力を発揮することができる。女は、無意識のうちに「宇宙のリズム」を感じることができても、それに基づいて、自分の意志で特別の能力を発揮することはできない。」というものである。

「宇宙のリズム」については、次のような私の論考があるので、是非、参照されたい。その要点は、『 最澄、空海、日蓮、叡尊、 ケツン・サンボは、呪力によって病気を治したり、天変地異をコントロールした。呪力によって病気を治すというのは、池口恵観(いけぐちえかん)はその著「密教の呪術・・その実践と応用」で述べているし、また井上日召が実際に行なっているので、疑いのない科学的事実である。』というものである。

http://www.kuniomi.gr.jp/geki/iwai/utyuurizu.pdf

 

最澄、空海、日蓮、叡尊、 ケツン・サンボは、すべて男性である。歴史上、彼らと同じよおうな呪力を発揮した女性は見当たらない。

また、 「50歳で観世流梅若家の免許皆伝となるが、その直後、女に能は出来ないと悟り、 突然能をやめてしまった。」という白洲正子の極めて貴重な歴史的事実がある。この点については、次のホームページを参照されたい。

http://kbaba.asablo.jp/blog/2006/03/

この二つの歴史的事実は、男と女の重大な違いがあるということを科学的な証拠にはならないが、「男は、もちろん厳しい学習・訓練によってではあるが、「宇宙のリズム」を感じることことによって、自分の意志で特別の能力を発揮することができる。女は、無意識のうちに「宇宙のリズム」を感じることができても、それに基づいて、自分の意志で特別の能力を発揮することはできない。」という私の考えの妥当性を示唆しているものと思う。

私は、遺伝子的に、生殖能力のほか、男と女の違いはあると思う。この考えに基づいて、私は、天皇は男系天皇でなければならないと考えている次第である。

なお、現在の天皇の系図をたどっていくと、継体天皇まではすべて男系天皇である。記紀は藤原不比等の創作であり、それをそのまま信じることができないので、継体天皇の祖先については不明な点が多く、現在の天皇の血筋は継体天皇までしか遡れない。現在の天皇の祖先は継体天皇である。そのような観点もあって、一連のつぶやき「継体天皇の謎」を行っている。「継体天皇の謎」はまだしばらく続きます。

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