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2016年5月15日 (日)

老子とハイデッガー(その7)

老子とハイデッガー(その7)

老子の世界存在論(3)

(2)第4章

「 満々たる水のような静かなことよ、何か存在しているように見える。私は、それが誰の子であるのかを知らない。天帝の祖先のようである。」

通常、第4章の言葉に、このような言葉があるが、原文は、「象帝之先」である。「帝」は、天の最高の神である天帝のこと。「道」すなわち、宇宙の原理、根源的自然というものは、最高の神より先に存在する。すなわち、神の働きも「道」すなわち、宇宙の原理、根源的自然の働きによって生じている。 老子は第4章でそういう意味のことを言っている。

(3)第14章

『 目を凝らしても見えないもの、それを微という。耳を澄ましても聞こえないもの、それを希という。撫でてさすっても捉えられないもの、それを夷という。この三者は突き詰めることができない。だから混ぜ合わせて一にしておく。この一は、その上の方が明るいわけではなく、その下の方が暗いわけでもない。はてしもなく広くて活動してやまず、名づけようがなく、万物が万物として名づけられる以前の根源的な道に復帰する。」

根源的な道、すなわち根源的自然、宇宙の原理というものは、言い表わすことのできないものだが、無限で活動してやまず、その働きのおかげでこの世の万物が生じており、天とか大地とか、風とか岩とか、太陽とか動植物とか、数知れない名前を持っている。「根源的な道に復帰する」とは、根源的な道のありさまを言い表しており、万物のもとは根源的な道であることを言っている。




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