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2016年5月 2日 (月)

老子(その43)

老子(その43)

おわりに(3)

すでに述べたように、老子哲学には、古今東西どのような哲学にもない一大特徴がある。それが老子哲学の文化的側面である。私には、老子哲学こそ人類哲学に発展する可能性を持っていると思えてならない。

その人類哲学が不十分ながらもその姿を現すまでには、相当の年月を要するが、とりあえずは、そのような戦略を持った上で、とりあえずできる貢献をしていけば良い。そのとりあえずできる貢献とは、発展途上国の理想的な地域コミュニティを作るためにとりあえずできることをやるという貢献だが、そのようなとりあえずの貢献ですら日中の連携なくしてはなし得ない。

人類哲学のために必要な日中共同研究の進展を心から期待し、かつ、日中が共同して発展途上国のために近代国家としての責任を果たしていくことを期待して、筆を置きたいと思う。その二つのことが日中友好親善を確固たるものにすると信じながら・・・。

私が日中友好親善を願って書いた最新の記事は次の通りである。

http://www.kuniomi.gr.jp/geki/iwai/nityuusaisin.pdf


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