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2016年4月26日 (火)

老子(その38)

老子(その38)

老子の世界化(6)

『 1950年代初頭にな ると、ハ イ デツ ガーは、1930年代後半に展開した自然大地論を発展させて、四元体論を構想している。』

『 自然とは常住 する も のを恩恵として授ける大地と天であ り、世界は天と大地、神的なものと死すべきものという四者で構成される四元体であるという四元体論が展開されている。四元体を形 成する四者は、それぞれ独立していながら、 多層体として一体であるとされる。この四者が多層体として一体であるのは、自然の恩恵である。 この四者というべきか、四次元というべきであるかの各々についてハ イ デツ ガー は以下のよ う に説明している。大地とは、建てつつ、支えるもの、養いつつ結実するものである海洋と岩石、植物と動物である。天とは、太陽の運行、月の干満、星辰の輝き、一年の四季、一日の光明と薄明、夜の聞と星光、天候の恵みと災い、と大気の流れと空の紺碧である。神的な も のとは、神性を指し示め す使者たちのことである。神性の隠 された力の中で、 神は自らの本質を現わ すのである。死すべきものとは、人間のことである。 人間は死ぬことができる存在であることから、人間は死すべきものと呼ばれる。死ぬことは、 死を死として受けとめることである。  人間のみが死ぬことができ る。動物は絶命するだけである。死すべきものとは、人間存在としての存在の本質的な在り方である。』

『 この四方位が一つになることを四元体とハイデツガーは名づけている。世界は四元体として見られ、そこは死すべき人間の住まう次元または方位であるという ことから、四元体とは空間を取り囲む四つの場または四つの自然、とみることもでき る。初期の『存在と時間』においては真に現象として論 ずるに値するものは現存在としての人間のみであった。そこでは事物である自然は道具としてのみ解釈されていたが、この時期になる と、ハイデツガーは人聞から眼を転じて、人 間が出会う自然的事物がむしろ真の現象である、という思想へと深化させている。』

『 ハイデッガーは、ニーチェに 強烈な影響を受け、人間中心主義を脱却して、 世界を世界から、事物を事物から見ることを、この四元体論は表現していると言える。』

『 天は大地の上に住む人間の上にある。 神々は人間の近みに、人間と共に存る。この視点をハイデッガーはヘラクレイ トスの「ピュシスJ  研究から、主張する。 ここからも明 らかなように、神々とは「聖な る もの」と言 える。ハイデツガーは「ものの近みに住む」 視点で「聖なるものの近みに住む」ことを提唱している。その神々を、つまり聖なるもの を、ギリ シャ精神、ローマ精神、ケルト 精神、 そしてゲルマン精神は、森に見たり、   大地に見たりして、そのいづれも 聖なる ものを自然のことと見倣してきた。 この延長線上にハイ デッガーは立ち返えっていると言える。』

『 存在は自然であり、自然の中に人間存在も含まれという視点が新たに展開されている。』



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