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2016年4月25日 (月)

継体天皇の謎(その32)

継体天皇の謎(その32)

第3節 ヤマト王朝と朝鮮半島との繋がり(5)
(2)武内宿禰について(2)

「摂河泉の秦氏の分布」というホームページがある。
http://kamnavi.jp/mn/hatauga.htm

そのホームページでは、『邪馬台国の東遷』(奥野正男著)から 引用して、博多湾近辺の概念図を載せ、次のように述べている。

すなわち、

『 この地図に 武内宿禰を祖とする氏族名と同じ地名をあげています。平群と云う地名は今は奈良と千葉に見えます。珍しい地名と言える。波多の臣、許勢の臣、蘇我の臣、平群の臣、木の臣(基肄)、葛城の臣など。要するに応神天皇を支えた氏族達。』

『  渡来して筑紫の国で力を蓄えていた武内宿禰を中心とする氏族が出石、吉備、淡路、近江、山城などの氏族と連携をとって大和の旧体制から大和国中の支配権を簒奪したと云うことだろう。 』

『 武内宿禰はこれらの中心的役割を果たした。恐らくは五十迹手ではなかろうか。また住吉大神ではなかろうか。 応神天皇の本当の父親であるように思えてならない。住吉大神とするのは、『住吉大社神代記』に皇后與大神有密事(俗曰夫婦之密事通)と出ているのを根拠とした。』 ・・・。


さて、『魏志倭人伝』には、次のように記されている。 「東南陸行五百里 至伊都國。官曰爾支 副曰泄謨觚・柄渠觚。有千余戸 丗有王 皆統属女王國。郡使往来常所駐」(「三国志魏志、巻三十、東夷伝、倭人(略称、魏志倭人伝)」)
原文のおよその意味は、「(末廬國から)東南へ陸を500里行くと、伊都國に到る。そこの長官を爾支(にし、じき)といい、副官は泄謨觚(せつもこ、せつぼこ)・柄渠觚(ひょうごこ、へいきょこ)という。1000余戸の家がある。世々(丗)に王があるも、みな女王國に統べて属する。帯方郡(たいほうぐん)の使者が往来して、ここに常にとどまる場所である。」となる。
『魏志倭人伝』の中で『王』が居たと明記されている倭の国は伊都国と邪馬台国と狗奴国で、他の国々には長官、副官等の役人名しか記されていない。
さらに、『魏志倭人伝』には、次のように書かれている。 「自女王國以北、特置一大率、検察諸國畏揮之。常治伊都國、於國中有如刺史。王遣使詣京都・帯方郡・諸韓國、及郡使倭國、皆臨津捜露、傳邊文書・賜遣之物詣女王、不得差錯。」
原文のおよその意味は、「女王国より北には、特別に一つの大率(たいすい、だいそつ)を置いて諸国を監察させており、諸国はこれを畏(おそ)れている。大率はいつも伊都国で政務を執り、それぞれの国にとって中国の刺史(し し)のような役割を持っている。王が京都(洛陽)や帯方郡や諸韓国に使者を派遣したり、帯方郡が倭国へ使者を遣わすときは、いつも津(しん・水上交通上の 関)で、文書や賜与された物品を点検して、伝送して女王のもとへ到着する時に、間違いがないようにする」ということである。


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