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2016年4月29日 (金)

老子(その40)

老子(その40)

日中共同研究を!

老子の言う「道」は、儒教の道とは違い、宇宙の実在のことである。すなわち、ひとつの哲学であると言って良い。儒教で言う仁義礼智(じんぎれいち)は、人間社会の道徳ではあるけれど、宇宙の実在、万物生成の原理を指し示すものではない。これに対し、老子の「道」は、宇宙の実在、万物生成の原理を指し示すものである。したがって、西洋哲学、東洋哲学などすべての哲学と学問的に比較検討ができ、今後の新たな哲学を構築する要素を持っている。老子の哲学は、西洋哲学、東洋哲学などすべての哲学と相性がいいと言っても良いのである。

これからの哲学、それは 梅原猛のいう人類哲学 ということであるが、それは、科学技術のあり方及び宗教のあり方を指し示すものでなければならない。そして、それらは人類哲学は宇宙の原理に基づいたものでなければならない。歴史的に存在した哲学の中で真正面から宇宙の原理を説いたのは老子哲学だけである。したがって、老子哲学が西洋にも通用するように、老子哲学を発展させなければならない。

梅原猛が指摘するように、21世紀のこれから向かうべき世界文明は、生きとし生けるものすべての命を大事にする文明でなければならない。そのためには、思想的に成熟した天台本覚思想とその根拠である法華経に基づく人類哲学が必要であると梅原猛は言っているのだ。法華経は、生きとし生けるものすべてが成仏できるという。

天台本覚思想 は、法華経のそういう教えを引き継いだものである。
http://www.kuniomi.gr.jp/geki/iwai/hongakusisou.pdf

人間以外の生きとし生けるものは、無心にただひたすら命を大事にして生きている。また、国土という命を持たないものも、宇宙の原理に基づいて存在しているのであるから、もし人間も宇宙の原理にしたがって生きていくのであれば、草木国土といえど、大事にしなければならないのは当然のことであろう。

老子哲学には、古今東西どのような哲学にもない一大特徴がある。それが老子哲学の文化的側面である。私には、老子哲学こそ人類哲学に発展する可能性を持っていると思えてならない。

その人類哲学が不十分ながらもその姿を現すまでには、相当の年月を要するが、とりあえずは、そのような戦略を持った上で、とりあえずできる貢献をしていけば良い。そのとりあえずできる貢献とは、発展途上国の理想的な地域コミュニティを作るためにとりあえずできることをやるという貢献だが、そのようなとりあえずの貢献ですら日中の連携なくしてはなし得ない。ましてや人類哲学となると絶対に日中の連携なくしてはなし得ない。しかし、始めるべきである。

中国・北京大学は、老子に関する新資料(竹簡)の公表を契機として、 2013年10月25日・26日、国際学会が開催した。
日本では、「中国出土文献研究会」というのがあり、熱心に老子の研究をやっている。北京大学との繋がりも深いものがある。
今後、老子の新たな研究は、ドイツをはじめとして国際的にも進んでいくと思われるが、やはり中心となるのは中国と日本であろう。

老子の哲学を人類哲学に発展させるためには、三つの課題がある。一つは、本覚思想 を老子の哲学に入れ込むこと、二つ目は、ハイデッガーの哲学との繋がりをつけること、三つ目は、中国古来のすべての思想との関係を明らかにして、それらを老子の哲学として習合することである。
一つ目は日本しかなし得ない研究だし、三つ目は中国しかなし得ない研究だ。二つ目は日本でも中国でもやれる研究であろう。

すなわち、人類哲学のために必要な日中共同研究においては、日本は、「老子と日本古来の思想(本覚思想)」および「老子とハイデッガー」を研究テーマとし、中国は、「老子と中国古来の思想」および「老子とハイデッガー」を研究テーマとするのが良い。その上で、日中共同で、「老子とハイデッガー」で議論を重ね、老子を発展させ、何とか人類哲学を作り上げていきたいものだ。。

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