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2016年4月28日 (木)

老子(その39)

老子(その39)

老子の世界化(7)

『 この時点でハイデッガー は世界概念を自然概念に転換させている、と言える。ハイデッガーによれば、根源的な意味での自然は、環境世界の領界内では隠されていて見いだされるものでもなければ、また一般に自然がもともと我々と用具的にかかわり合う も のとして捉えられているところでは見えてこないとする。 そのような有意義性の概念では見えて来ないが、自然は元初的に現存在が情態的に気分づけられたものとして存在者のただなかに実存しているというまさしくそのことによって現存在のうちにすでに現れ出ているものとされる。ハイデッガーは、 いまだ秘隠されてはいるが、世界はそうした根源的自然に支えられているとする。』

『 ハイデツガー によって、存在の明る み ( Lichtung  des  Seins )、あるいは、明け透し ( Lichtung )とされるLichtung は、元来森や林の中に発生する「空き地」を指していて、そこだけが暗い覆われた森の中で天空から光が射し込む「明るみ」を意味している。 この「空き地」の周囲には深く閉ざされた広大な森が拡がっている。  「 明るみ」へと開示されている空き地自体も森に基本的に帰属しているのだが、それではこの存在の明るみをその只中に開示して自己自身は秘隠している森そのものを、ハイデツ ガーはどう 理解しているのだろうか。森とは、それ自体は人の手によって 伐採されて、あるいは雷雨や侵蝕作用や森自身、つまり自然の力によって、発生した「明るみ」とは本質的に異なるものであり、「明 るみ」としての世界の根底にあって、それを根底から支えている根源的自然を意味するとされている。この根源的自然である森をハイデッガーは大地と呼び、故郷を喪失して漂っている現存在の失われた故郷として提示する。この大地が人間の故郷であり、救済であることが、ハイデツ ガ一晩年の思索の主題となる。』

『 この主題とは大地と世界(森と森の明るみ)との抗争と統ーである。  自然大地論の項で既述したように、大地の大地性は根源的に秘隠性、覆蔵性であり 、世界の世界性は根源的に開放性であり、非覆蔵性である。 大地と世界は常に存在史的に抗争と統一を繰り返している。  しかしながら世界も元初的に根源的自然に帰属するものであることから、自然、根源的自然は、すべて現実的なもののうちに、それは、岩石のうちに、植物や動物のうちに、 河川流や天候や天体のうちに、臨在しており 、また、諸民族の命運のうちに、神々のうちにも、臨在していることになり、四元体という自然観が構成される。』

『 このようにすべて現実的なものが自然存在であり、それらの現実的な存在者に臨在する自然を、 ハイ デッガーは根源的自然とする。 このようにして、根源的自然は根源的存在として、すべてを、したが って人聞をも一統宰するものである、という洞察に到達する。』・・・と。

宇宙の原理とは何か? それを老子は「道」と言っているのだが、以上縷々ご紹介してきたように、ハイデッガーは根源的自然の「臨在」と言っている。ハイデッガーは、極めて難解な、中国の老子の「道」の思想の本質を、西洋で唯一理解した哲学者である。その両者の哲学に根本的な共通点があるということなので、老子の哲学に世界化の可能性があると言って差し支えない。

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