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2016年4月25日 (月)

老子(その37)

老子(その37)

老子の世界化(5)

『 ソクラテス以前の自然哲学者たちの自然観による「ピュシス J のよ り古い用法は、在りとし在るものを意味し、「ピュシス」はいわゆる自然 だけではな く 、人間も国家 も神々をも 含めた森羅万象の真の在り方を指していて、また同時にそうした自然万物の在り方をしている存在者全体をも意味していた。つまり、ソク ラテス以前の自然哲学者たちは自然 ( ピュシス )によって 存在全てを思惟していたのである。ソク ラテス 以前の自然哲学者たちは、あらゆる存在するものを自然  ピュシス )と呼び、 自然  ピュシス )が「ピュエス タ イ=発生す る、生成する、発現するという 意味の動詞に由来すると考え、 自然とは「生成するもの」と見ていた。「生成する も の」 は生命でもあることより、自然 (ピュシス )は「生命をもつも の」とされた。そこでソクラテス以前の自然哲学者たちは「自然 ( ピュシス )をおの ずから発生し生成する生命あるもの」と規定した。そこで、ハイ デッガーはその著『ニー チェ』 の中で、「ピュシスとはギリシャ人にとって存在者そのも のと存在者の全体を名指 す最初の本質的な名称です。ギリ シャ人にとって存在者とは、おのずから無為にして萌えあがり現れ来たり、そしておのれ へと還帰し消え去ってゆくものであり、萌えあがり現れきたっておのれへと還帰してゆきながら場を占めている も のなのです。」と自然への理解を深めてる。』

『 それ故に、その時点でハイデッガーは、 自然 ( ピュシ ス)から「隠れた真理」を読みとらねばならないものとしている。』

『 万象の根拠がこの広義の自然であると仮定すれば、人間の根拠は、植物や 動物の根拠と同様であるだけでな く 、実は同 ーのものだということになるだろう。万象の 根拠である有としての自然は詩作的に思索さ れねばならないと、ハイデッガーは主張している。(中略)「 ピュ シスの本質と概念につ いて」 に示された自然観は「芸術作品の起源」 に展開された大地自然論の基本構造の延長線にあるものである。』



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