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2016年3月18日 (金)

山地拠点都市構想(その130)

山地拠点都市構想(その130)

第6章 山地拠点都市構想の実現に向けて(6)
第2節 中枢都市との「交流」について(1)

山地拠点都市は、今後、定住者をどのようにして増やしていくかという問題の他に、中枢 都市との「交流」をどのように増やしていくかという問題がある。前者については、いか にして雇用の場を確保していくかという問題であり、これについてはのちほど第3節で述
べることとしたい。

1、二地域居住(国土形成計画における位置づけ)

第5章第2節で述べたように、国土形成計画において、二地域居住がひとつの大きな政策 課題になっているが、現実には二地域居住はあまり進んでいないように思われる。

国土形成計画では、『 二地域居住やUJIターン等による定住、交流など多様な形での 人の誘致・移動を促進するために、各地域がそれぞれの特性や魅力を認識し、どのような 人を、どのような形で受け入れるかについての戦略を持ち、地域の情報や住まい方につい て広く発信することを目指す。』・・・とされているが、私には、各市町村が、自分の地 域の特性や魅力を十分認識しているようには見えない。認識不足なのだ。だから、私は、 「山地拠点都市構想」を書いているのだが、まず市町村は二地域居住の持つ哲学的意味に ついて認識の上、「山の霊魂」に対する理解を深める必要がある。

「交流」については、 前編第3章第1節の1「辺境の哲学」で述べたのでそれを読み返してほしい。「グノーシ ス」とは、歴史的に、「キリスト教から独立した別個の宗教・哲学体系の「認識」を代表 するもの」と言われているが、私は、中沢新一と同じように、より広い概念でとらえたい。すなわち、広域に渡って支配的な宗教から独立した別個の宗教体系や哲学大系の「認 識」を代表するもの」と考えたい。

中心地の文化の影響を受けながらも、その地域特有の 文化を保持している。時代の進展とともにその地域の文化は今までにない新たな文化に変 質してゆくが、その新たな文化は、中心地の文化を変質せしめる。その力は、人びとの交 流の力による。

「奥」の哲学との文脈でいえば、中心地は地方の中枢都市であり新たな文化の発信地は「山地拠点都市」である。グノーシスを生じせしめるのは、中枢都市と山地拠点都市との交流である。 今後21世紀において、新たな文化の発信地は「山地拠点都市」であって、その依って立 つものは、「山の霊魂」である。

したがって、各市町村は、基本的に山を語らねばならな い。山の魅力と山の摩訶不思議な霊力を語らねばならない。「山の霊魂」について語らね ばならないのである。それらについては、この第1章から第3章までに私の思いをいろい ろ書いたので、それらを参考にして、市町村自らが、地域の山の魅力と山を守ることの重要性を語らねばならないし、「山の昔話」や山の不思議を語らねばならない。そして、私の山に関する「霊魂論」を参考にして「山の霊魂」について語らねばならない。ただ単に 「山の自然」の素晴らしさを語るだけでは、多くの国民の心を揺さぶることはできない。

さらに、国土形成計画では、『 地域住民やコミュニティ、NPOなど地域の多様な主体 が一体となった取組の下で、都会からやってくる人たちの地域コミュニティへの参加機会 の確保に努める。』・・・とあるが、これもほとんど実績が上がっていない。その原因は、交流施設というかふれあいの施設が不十分であるからだ。そのための施設として「道 の駅」と「クラインガルテン」について述べるが、これらについては官民の連携が不可欠 である。現在のところこれについてはまったく未熟だと言わざるを得ない。

二地域居住が今後進むかどうかの鍵を握っているのは、「道の駅」と「クラインガルテ ン」である。この二つのことが国土形成計画では注目されていないようなので、以下にお いて、この二点について触れておきたい。


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