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2016年3月16日 (水)

人間復興と人間建築

人間復興と人間建築について

 福田徳三は、関東大震災の発生直後の9月10日から、東京商科大生ら延べ65名を率いて5日間、羅災者実地調査を行いました。また、10月 13日から7日間、延べ人員72名で芝離宮、芝公園内のバラック調査を実施しました。総計2,866世帯、12,969人に及ぶ精力的な調査でした。そして、その調査にもとづいて、福田徳三は、政府の帝都復興計画に批判的な観点から、「人間の復興」を提起し、多くの雑誌や新聞に寄稿した。
福田は次の通り言っている。すなわち、
『 復興は決して復興院のみの仕事ではない、否眞の復興者は羅災者自らを措いて外にない。自ら生きんとする強い衝動、人らしく、又獨立獨歩の人間らしく、慈善によらず、救護に頼らず、自らの働きを以って生きて行かんとする堅い決意を以て居る人が 復興の最根本動力である。配給を受けることを絶大な恥辱と感ずる意氣ある人によつてのみ、眞の復興が成し遂げ得られるのである。
 然るに今日迄の救護は、災後數日のやり方を其の儘継續して居るに過ぎない。羅災者に復興營生の機會を與ふると云ふことに就ては何をも爲して居らぬ。有形物の物質的被害の大なるに驚かされて、大災の爲めに人民の營生機會が滅ぼされたと云ふ無形の損害の甚大なることに氣が付かず、物の恢復許りを念として、此の無形なる損害を恢復し、一日も早く人人皆生産活動を始め、各人に自らの營生機會を獲得せしむることの急務なるを知らないのである。』・・・と。

以上のことを私流に言い換えると、『大震災において、復興者は羅災者自ら生きんとする強い衝動、人らしく、又獨立獨歩の人間らしく、自らの働きを以って生きて行かんとするそれぞれの人々の力が 復興の最根本動力である。』ということになり、今後、これを人間復興の定義としたい。

さて、人間とは何か? 菅原進一によれば、私たち人は、人の間を生き、空の間を生き、時の間を生きている。命を大事にして、人間らしく生きていくためには、人の間、すなわちコミュニティが大事である。 また、命を大事にして、人間らしく生きていくためには、空の間、すなわち、居住空間、栗山正也のいうインテリアが大事である。さらに、時の間、すなわち、ハイデガーのいうところの過在と将来が大事である。
過在とは過ぎ去ったかに見える昔のもろもろのものが今なお現在に存在しているものをいう。将来とは、今まさにやってこようとしている今後の心配である。時の間を生きるということは、それら過在を大事にしながら、将来の心配なきよう生きることである。
これらの哲学に基づき復興を図るのが人間復興であり、これらの哲学に基づき家を作るのが菅原進一のいう間の思想であり、それを私流に言えば、人間建築である。
人間建築という言葉は、私の造語であるが、以上のような、人間哲学に基づいて行う建築のことである。そういう人間建築の立場に立てば、菅原進一のいう「地霊」とか「景」と建築との関係を充分理解できる。

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