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2016年3月 9日 (水)

老子(その24)

老子(その24)

老子とプラトンとの繋がり(10)
ニーチェとブラトン(1) 

ホワイトヘッドは「西洋哲学の伝統は、「プラトン」の哲学に対する一連の脚注からなっている」と言ったが、まさにプラトン哲学は、西洋哲学の象徴である。ニーチェは、根本的なところでプラトンに批判的で「神は死んだ」と言ったが、プラトンの全貌を完全に理解できたのはニーチェである。根本的なところでニーチェとプラトンはその哲学を異にするけれど、共通点もある。ここではそれを説明したい。私には、「さまよえるニーチェの亡霊」という電子書籍がある。
http://honto.jp/ebook/pd_25249963.html

まずはそのなから、ニーチェとプラトンの共通点を探るために必要な記事をピックアップしておこう。その電子書籍「さまよえるニーチェの亡霊」では次のように述べている。すなわち、

『 プラトンは、エロスの神について形而上学的思考を重ねた哲学者で有名であるが、彼は、知識の源としての「バクティ」と官能的な「マニア」とを区別した。「バクティ」とは、サンスクリット語で、「献身」「信愛」「信仰」「神への愛」「帰依」を意味する言葉であり、「マニア」とは、マニアの語源はギリシャ語で「狂気」のことである。』

『 プラトンは、 官能的な「マニア」を、酩酊と陶酔のダンスを伴う「マニア」
と性愛に結びつくエロチックな「マニア」に分けて考えた。前者の 酩酊と陶酔のダンスを伴う「マニア」は、ディオニュソスとより直接的なつながりを持つと見なした。 性愛に結びつくエロチックな「マニア」は、プラトンの活躍するころのギリシャでは、その元型をとどめていなかったのではないかと思われる。私の考えでは、シヴァ教に見られるような 性愛に結びつくエロチックな「マニア」 は、ギリシャではアポロンの影響をうけて野性味が削がれて、かなり理性的なものになっていたようだ。それが「エロスの神」であろう。「エロスの神」は、性愛の神でもあるが「愛」の神でもある。』

『 シヴァとディオニュソスは同じであるとして説明してきたが、厳密にいうと、少し異なる部分がある。 酩酊と陶酔のダンスを伴う「マニア」に関してはまったく同じ。しかし、 性愛に結びつくエロチックな「マニア」については、シヴァは元型そのまま、ディオニュソスはアポロンの影響を受けてかなりマイルドになっている。』


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