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2016年3月23日 (水)

東日本大震災後の人間復興について(その2)

東日本大震災後の人間復興について(その2)

宮古市、釜石市、石巻市など多くの市町村では、 人間復興の立場からしてもおおむねうまくいった。しかし、津波被害の状況ならびに中心市街地の地形的な特性により、人間復興から大きくかけ離れた復興を余儀なくされたところがある。その典型が陸前高田市である。陸前高田市では、被災中心市街地復興区画整理事業による市街地のかさ上げは10mほどの極めて大規模なかさ上げとなったために、人間復興から大きくかけ離れた復興となってしまった。

しかしながら、私の考えでは、必ずしも人間復興ができなかったわけでもない。では、どうすれば良かったのか? 何が間違っていたのか? それをこれから説明したい。

再度申し上げる。 人間復興の立場からすると、時の間、人の間を重視した空間を如何に作っていくかが大事である。それぞれの地域には、歴史的に培われてきた地域の文化があり、歴史的に培われてきた人々の繋がりがある。したがって、 人間復興の立場からすると、人々は昔から住んでいた元の位置に被災後も住むのが良い。

人々の生活というものを考えた時、被災後の生活には、避難所の生活、仮設住宅での生活、自宅での生活の3段階の生活がある。とりあえず人々は命からがらともかく避難できるところに避難するのだが、できるだけ早く避難所の集約化を図らなければならない。同じ地区の人々が同じ避難所で生活できるように、避難所の移動を行うのである。それを実行したのが岩沼市であるが、これは市町村がやる気になればできることである。

その上で、第2段階、すなわち仮設住宅であるが、仮設住宅は地区ごとにそれまで住んでいたところに作るのである。その際に大事なことは、津波対策、それは多重津波防災ということだが、国、県、市町村がそれぞれ役割分担をして、事業を進めていることを示して、住民の信頼を勝ち取り、住民に安心してもらわねばならない。国、県、市町村は、ともかく多重津波防災事業を急ぐことだ。

第3段階は自宅での生活だが、さまざまな支援事業を活用しながらも自力で自宅を立てることのできる人は、近い将来のかさ上げを前提に、元住んでいた場所に自宅を建てることが重要である。そして、防潮堤の完成を待って、市街地のかさ上げを行う。そのやり方は次回に述べる。

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