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2016年3月28日 (月)

山地拠点都市構想(その132)

山地拠点都市構想(その132)

第6章 山地拠点都市構想の実現に向けて(8)
第2節 中枢都市との「交流」について(3)
2、 道の駅、新たな発展(2)

さて、「道の駅」はどうあるべきか?  今の「道の駅」は、すばらしいものも少 なくないけれど、全般的には、改善すべき点が多いように思われる。多くは単なる ドライブイン(トイレ、土産物店、食堂)とほとんど変わらなくなった。道の駅に ついては、二十二年前、私が中国地方建設局長をしていたとき、中国地域交流セン ターの仲間と何度か勉強会を開いて侃々誇々議論をしたが,全国で一番過疎が激し く進んでいた中国地方を何とか元気にしたいというのが当初の思いであった。しか し、その思いは遂げられていない。
ドライバーのことは国交省が考えるべきことだと割り切っているのかもしれない が、道の駅の指定管理者である駅長はほとんどドライバーに無関心だ。夜間の営業 がないなどドライバー対するサービスが不十分だ。しかし、もっと重要な問題は、 シンポジュームでいろいろ意見が出ているように、地域に対するサービスがほとん ど皆無に近いことだ。何をすべきか、私にもいろいろ考えがあるが、ここではシン ポジュームの意見を紹介するにとどめ、道の駅が地域通貨の流通拠点になる可能性 が充分あることだけを申し述べておく。ただ、その大前提として地域の足の問題があるので、最後にその点に触れておきたい。

これからは市町村は地域の元気再生のためにB&B(ベッド&ブッレクファース ト、農家民宿)と取り組むべきである。農家民宿で、朝ご飯だけならお年寄りでも できる。晩ご飯は「道の駅」に行っていただく。結構農家の小遣い稼ぎになるし、 心の通い合いが生まれる。お年寄りは元気なると思う。この場合に問題になるのが 交通手段だ。また、お年寄りが道の駅において地域通貨で買い物をする場合、問題 になるのが交通手段である。  広島県安芸高田市主体となって運行するコミュニティバス(おたすけバス)とい うのがある。これは2010年10月から始まったもので、画期的なものである。こ のバスにはバス停がない。家の前まで来てくれるし降ろしてくれる。前日までの予 約制だが、役場に申し込むとジーピーエス地図上にその家と行き先がプロットされ る。女の子がそれを見て、翌日のバス運行路線を決定する。バスは-時間に一本の 割合で運行している。バスは市の所有であるが運転手は委託である。各地域はそう いうバスを運行すれば、道の駅が地域通貨の流通拠点になることは間違いない。

第1節で述べたように、都市と農山村との交流というとき、都市から農山村に行くだけで は不十分で、農山村からも都市に流れなければならない。一方通行は交流と言うべきでな いのだ。それともう一つ大事なことは、交流は、互いに混じり合って一緒に何かを行うと いうことがなければならないということ。それでは以下において、中枢都市と山地拠点都 市との交流の具体策については、私の思いを述べることとしたい。

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