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2016年2月 9日 (火)

山地拠点都市構想(その126)

山地拠点都市構想(その126)

第6章 山地拠点都市構想の実現に向けて(2)
第1節 山地拠点都市の定義について(2)

では・・・、交流とは何か?  大漢語林によると、「混じり合って流れる」「行ったり 来たりする」「系統の違うものが互いに交わり合う」とあるが、都市と農山村との交流と いうとき、都市から農山村に行くだけでは不十分で、農山村からも都市に流れなければな らないと思う。一方通行は交流と言うべきでないのだ。それともう一つ大事なことは、交 流は、互いに混じり合って一緒に何かを行うということがなければならないということ。 ここではこの点だけを指摘しておいて、中枢都市と山地拠点都市との交流の具体策につい ては、私の思いをのちほど述べることとしたい。

さて、都市についての説明をしておこう。 都市とは、商業、流通などの発達の結果、限られた地域に人口が集中している領域を称す る言葉として使われることが多い。都市についての国際的に統一された定義はない。現在の日本では、一般的に、市町村のうち市を都市と呼ばれることが多いと思われるが、私 は、行政施設、商業施設、運動施設、文化施設、 病院、大学のある区域を都市と呼ぶこ とにする。すなわち、私がこの本で都市と呼ぶ時、それは行政区域とは関係ない概念とし て捉えているので、その都市を中心とする行政区域には、多くの場合、過疎地域というか 田舎を含んでいる。都市機能を持たない聚落は、私は、村落と呼ぶことにする。

私は中枢都市という言葉を使っているので、これについて説明をしておかねばならない。 第4次全国総合計画(四全総)では、地方中枢都市という言葉と中枢拠点都市という言葉が使われた。地方中枢都市とは、東京、大阪、名古屋の他に、いわゆる札仙広福と北九州 市を含む。中枢拠点都市は、新潟、金沢、富山、岡山、松山、熊本、那覇である。しか し、今は、四全総の時代でないし、国土形成計画にしたがって新たな国土ヴィジョンを構 想すべき時期であるので、過去の概念にとらわれない方が良い。私がこの本で呼ぶ「中枢 都市」とは、上記の都市にその他の県庁所在地の都市を含む。すなわち、私のいう「中枢 都市」とは、地方中枢都市と県庁所在都市のことである。私は、その時の文脈からこれら を大都市と呼ぶこともあるので、その点もご承知おき願いたい。

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