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2016年1月14日 (木)

老子(その12)

老子(その12)
老子哲学の哲学としての一大特徴(3)

老子哲学には、古今東西どのような哲学にもない一大特徴がある。医は仁術というが、そういう医に関する哲学を含んでいる。私は、淮南子の詳しい説明の中で、次のように述べた。すなわち、
『 今回の勉強の最後に、「老子」の第五十五章を取り上げておきたい。「老子」( 蜂屋邦夫注訳、2008年12月、岩波書店)によると、「老子」の第五十五章は次のようなものである。「 豊かに徳をそなえている人は、赤ん坊にたとえられる。赤ん坊は、蜂やさそり、まむし、蛇も刺したり咬んだりはせず、猛獣も襲いかからず、猛禽もつかみかからない。骨は弱く筋は柔らかいのに、しっかりと拳(こぶし)を握っている。男女の交わりを知らないのに、性器が立っているのは、精気が充実しているからである。一日中泣き叫んでも声ががかれないのは、和気が充足しているからである。」 つねに和の状態にあること、これが「道」にかなっている。宇宙の原理によってすべてが動いている。だから、すべてのもののあり方は、「つねに和の状態」にあることであり、その恒常性が大事なのである。人間は、本来は赤ん坊のごとく純粋無垢であるが、生まれたときから少しでも生活をよくしようという欲が出てくる。その体験によって、人間は本来の姿から次第次第にかけ離れていく。そして河合隼雄のいうアイデンティティーが形成されていく。自分の心もそうだし、自然に働きかける事によって、自然も変化していく。私たちの心も自然も「つねに和の状態」にあるべきという恒常性の大事な事を老子は言っているのである。それが「老子」第五十五章である。恒常性の哲学といっていいかもしれない。この恒常性の哲学は、私たち人間のあり方としての「無の哲学」になるし、自然との関係でいえば「自然保護の哲学」になる。私は今「老子」第五十五章を何度も読み返しつつそう感じている。』・・・と。

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