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2016年1月14日 (木)

継体天皇の謎(その4)

継体天皇の謎(その4)

第1章(1)
第1節(2)

「継体天皇の母・振媛の故郷の古墳を巡る」という素晴らしいホームページがある。
http://www.bell.jp/pancho/k_diary-2/2008_10_10.htm

そこには、継体天皇の出自について次のように述べている。すなわち、
『 日本書紀は、オホド王(のちの継体天皇)の父・彦主人王が越前三国の坂中井(さかない)の振媛(ふりひめ)の美貌を噂を聞いて結婚を申し込んだと記す。しかし、彦主人王が振媛を妃に所望したのは、彼女が美人だったからだけではないで あろう。越前三国を治める氏族との連携を強めるという政治的意図が主な要因だったことは、容易に想像できる。』
『 理由は、『書紀』ではオホド王を越前三国の坂中井(さかな い)から迎えたと記しているのに対して、『古事記』では「オホド王を近つ近江国から招き寄せ、手白髪皇女と娶(めあわ)せ、天下を授けた」と記しているためである。『書紀』もオホド王の出生地は近江としているが、成長したのは越前であることを伺わせる次のような記述になっている。
すなわち、オホド王の父・彦主人(ひこうし)王は近江国高嶋郡三尾の別業(=別荘)にいたとき、三国の坂中井(さかない)の振媛(ふりひめ)の美貌を聞き、呼び寄せて妃(きさき)とし、オホド王が生まれた。しかし、オホド王がまだ幼い頃、彦主人王が死んでしまった。親族もいない近江にあっては子育てもままならない、と将来に不安を抱いた振媛は、オホド王を伴って故郷の越前三国の高向(たかむく)に戻り、オホド王を育てた。
つまり、オホド王の出生地は近江だが、幼少の頃母の実家のある越前の高向に移り住み、そこで成長したことになる。そして、その地で大伴金村らに天下の主として迎えられた。丸岡町の高田集落の中に、振媛を祭神として祀る高向神社(所在:坂井市丸岡町高田1-7)がある。この神社が鎮座するあたりに、かって高向の宮があったと推察されている。そうであれば、幼くしてこの地に移り済んだオホド王は、周囲の山野に親しみながら母方の豪族の庇護のもとに成長をしていったにちがいない。』・・・と。

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