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2016年1月11日 (月)

最初の日本人(その2)

最初の日本人について(その2)

5万年ほど前には、インドネシア付近にスンダランドという巨大な平野があったことが知られている。現在タイの中央を流れるチャオプラヤー川が氷河期に形成した広大な沖積平野であるが、そのスンダランドが 北回りのモンゴリアンと南回りのモンゴリアンの故郷であると言われている。 地球温暖化による海面上昇によりやがては水没してしまうのだが、その気候変動によって人類は再び移動を開始するわけである。5万年ほど前のできごとである。
つまり、5万年ほど前に、北回りのモンゴリアンは主としてロ シアのバイカル湖地方に向かい、南回りのモンゴリアンは日本列島に向かい、それぞれ自然条件をうまく克服した結果、人口を急激に増やしていくのである。

そして、その後、著しい寒冷化によって、ロ シアのバイカル湖地方の人びとは、サハリンを通って北海道にやってくるとともに、やがてはベーリング海峡を通ってアメリカ大陸を南下していく。モンゴリアンのアメリカ大陸南下が人類はるかな旅の終盤である。

バイカル湖地方のマリタ遺跡は2万3000年前の遺跡である。そして、ロ シアのバイカル湖地方からやってきた人たちの子孫が「湧別技法」を白滝で完成させたのが約2万年前のことである。これらの人たちの先祖がスンダランドにいたのが、5万年前。
スンダランドから日本列島に南回りのモンゴリアンがやってきたのは、私は5万年前と考えているが、一般には、4万年前から3万年前となって言われている。そのいずれにしろ、それら南回りのモンゴリアンがスンダランドにいたのも、5万年ほど前のことである。

北回りのモンゴリアンも南回りのモンゴリアンも、ともにスンダランドが故郷である。しかし、スンダランドは、その後の急激な海面上昇によって水没し、今はない。もし現存していたら、バイカル湖地方の人たちの遺伝子も、私たち日本人の遺伝子も、スンダランドの人たちの遺伝子と同じものである筈である。スンダランドは今はないので、バイカル湖地方の人たちと私たち日本人の遺伝子が似ているということだけが今確認できるだけである。私たち日本人の祖先は、あくまでもスンダランド人であって、バイカル湖地方の人たちではない。バイカル湖地方の人たちは、私たち日本人の祖先ではなく、いわば兄弟なのである。

冒頭に紹介した NHKの「日本人はるかな旅」という特集番組(第1集「マンモスハンターシベリアからの旅立ち)は、その点で間違っているのである。それが私のいちばん言いたいことだ。

マンモスハンターが北海道にやってきた、それ以前にも、北海道には人類がす でに住んでいたと思われる。私は、「湧別技法」を作り出した人たちは、ロシアのバイカル湖地方からやってきた人たちとそれ以前から北海道に住んでいた人た ちとの混血であると考えている。

約5万年前に、日本列島最初の日本人(南方系)が黒潮に乗って渥美半島にやってきたが、その後、それほど経たないうちに、北海道にも渡ってきたと思う。その確たる 証拠はないが、日本列島最初の日本人が渥美半島にやってきた約5万年前とロシアのバイカル湖地方からやってきた人たちの子孫が「湧別技法」を白滝で完成さ せたその約2万年前との間に約3万年というものすごい時間があるので、その間に南方系の最初の日本人が北海道にも渡ったと思われる。そう思えてならない。

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