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2016年1月21日 (木)

継体天皇の謎(その9)

継体天皇の謎(その9)

第2章 わが国と朝鮮半島との繋がりの歴史について(2)
第1節 わが国の古代朝鮮との繋がり(概要)(2)

邪馬台国の時代、倭国は、邪馬台国を中心に政治的に安定していたが、その後、倭国は、良きリーダーに恵まれなかったようである。加羅、これは九州北部と密接な関係を持った朝鮮半島南端のもともと交易を中心として栄えた地域であったあったが、この加羅の交易の自由とこの小国の自治を守るために、倭国の良きリーダーが待望されていたのである。そこで、秦氏の始祖・功満王の活躍が始まる。大商人の働きかけがあったかもしれない。

秦氏の始祖・功満王の憧れの地は、大和であった。そこで大和の若きリーダーの発掘に動き、筑後川流域の「ホムダワケ」を見いだすのである。そして大和に出かけて、物部氏への説得工作に努力する。そして、説得に成功。秦氏の始祖・功満王は、物部氏の全面的な協力を得て、応神天皇の擁立に全精力を傾けるのである。応神天皇誕生の立役者は秦氏の始祖・功満王である。

「白村江の戦い」の総司令官は、現在の静岡県静岡市清水の豪族「庵原氏」であったが、何故静岡市清水に庵原氏がいたのか? ほとんどの人はそういうことを知らないと思う。しかし、多くの人が知らないような事実、旧石器時代から連綿と続くところの厳然たる史実があるのである。 庵原氏のことについては紙枚の関係でここに述べれないが、その答えを私のホームページに詳しく書いたので、それを是非見て欲しい。
http://www.kuniomi.gr.jp/geki/iwai/atamiaa.pdf

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