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2016年1月23日 (土)

老子(その18)

老子(その18)
老子とプラトンとの繋がり(4)

老子と宮沢賢治(1)

私には、「中国との友好親善のために」という題の論文があるが、その中で、『 シヴァ教は、自然を生きることを人生の目標としている。自然を生きるとは、ただ単に自然の中に生きるのではなく、自分自身も自然の一部であることを自覚して、自然の原理、老子の言い方で言えば、道、つまり宇宙の実在というか天の指し示すところに従い生きる、そういう生き方をいう。すなわち、シヴァ教の目標とする生き方は、正に老子の理想とする生き方と同じである。したがって、私は、老子の哲学の源流にシヴァ教があると思う。』
・・・と述べたが、もし老子の哲学の源流にシヴァ教があるとすれば、老子は神との交歓を重要視していたと考え得る。神との交歓、それはのちほど説明する「宇宙のリズム」の力によるものなので、老子は、「宇宙のリズム」を感じながら宇宙の実在、万物生成の原理を思考したのではないかと思われる。

老子の言う「道」は、儒教の道とは違い、宇宙の実在のことである。すなわち、ひとつの哲学であると言って良い。儒教で言う仁義礼智(じんぎれいち)は、人間社会の道徳ではあるけれど、宇宙の実在、万物生成の原理を指し示すものではない。これに対し、老子の「道」は、宇宙の実在、万物生成の原理を指し示すものである。

老子は「無為自然」(天地自然の働きに身を任せて生きていくその有り様)を説いた霊性豊かな「自然の人」である。日本の思想家では宮沢賢治が霊性豊かな「自然の人」であって、宮沢賢治は宇宙との一体感を直観することができた。その点で、宮沢賢治は老子と相通ずるところがあると思う。老子とプラトンを繋げるには、宮沢賢治とニーチェを知ることが不可欠のようだ。

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