« 山地拠点都市構想(その113) | トップページ | 継体天皇の謎(その2) »

2015年12月24日 (木)

老子(その10)

老子(その10)
老子哲学の哲学としての一大特徴(1)

以上、淮南子の思想的特徴を述べたが、それは「老荘思想」の確立にあった。「淮南子」によって、現在道教と呼ばれる宗教の哲学、それは「老荘思想」ということだが、それが確立された。「老子」と「荘子」とを並べあげて重視し、「老荘」という言葉を使うのは、「淮南子」が初めてのことである。道教が誕生するのは、淮南子のずっとあとのことであるが、ともかく淮南子の「老荘思想」が道教を支える思想となっていった。

道教はもともと自然発生的に生まれた宗教であるが、それが老荘思想と結びついて、いつ頃から道教という宗教団体ができたのか、浅学の私には判らない。しかし、「老荘思想」は、「淮南子(えなんじ)」という書物によって、漢王朝(光武帝)の儒家思想に対抗する形で確立されるので、その宗教団体の名称はともかく、 漢王朝(光武帝) の時代には現在と同様の「哲学的宗教」が成立していたことは間違いない。その後、「太平道」や「五斗米道」その他の宗教団体が出てくるが、それらの教祖はもちろん老子ではない。どうも老子が道教の教祖と言われ出したのは唐の時代かららしい。唐王朝の王室には、老子(李氏)の子孫と自認する人が多く、道教は特別の保護を加えられ優遇されたことに起因するらしいのである。したがって、少なくとも現在は、一般に老子が道教の教祖と言われている。老子という人物が果たして実在の人物であったかどうか、疑問視されている向きもないではないが、私は、多くの中国人の認識に従って、老子と実在の人物とし、道教の教祖を老子とすることとしている。歴史的事実と違うが、いろんな説明上その方が便利なのでそうしたい。あらかじめご承知おき願いたい。

« 山地拠点都市構想(その113) | トップページ | 継体天皇の謎(その2) »

文化・芸術」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く

(ウェブ上には掲載しません)

トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.f.cocolog-nifty.com/t/trackback/1117507/63127807

この記事へのトラックバック一覧です: 老子(その10):

« 山地拠点都市構想(その113) | トップページ | 継体天皇の謎(その2) »