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2015年12月19日 (土)

継体天皇の謎(その1)

継体天皇の謎(その1)

はじめに(1)

大伴金村は、何故継体天皇を擁立したか? 応神天皇の子孫には継体天皇までにも多くの天皇候補者が多くいたはずである。それがまず最初に抱く謎である。

日本書紀の記述では継体が507年に即位してから大和に都をおくまで約20年もかかっており、皇室(実態はヤマト王権)内部もしくは地域国家間との大王位をめぐる混乱があったこと、また、ヤマト王権は、即位当初、九州北部の地域国家の豪族を掌握できていなかったことを示唆している。このようなことを考えると、継体天皇擁立の理由は、応神天皇の血を引いているということだけではあるまい。継体天皇の朝鮮半島との繋がりが重視されたのではないか。継体天皇と朝鮮半島との繋がりの実態はどのようなものであったのか、それが次に抱く疑問である。

さらに、継体天皇の父・彦主人王 (ひこうしのおう)は、 畿内豪族・息長氏の祖である意富富杼王の孫であるから、息長氏は継体天皇の一族である。息長氏(おきながうじ)は 文献的に記述が少なく謎の氏族とも言われる。これが継体天皇に関して抱く第3の疑問である。
私は、古代史においてよく判らない問題は、邪馬台国の問題と継体天皇の問題だと思う。邪馬台国の問題については、多くの人が研究しており多くの説があるが、私は「邪馬台国近江説」であり、それを書いたのが 論文「邪馬台国と古代史の最新」である。
http://www.kuniomi.gr.jp/geki/iwai/yamatai.pdf

その論文では、わが国の古代朝鮮との繋がりについてもその概要を書いている。しかし、それは概要であって、それらを裏付ける各論が必要である。今回の「 継体天皇にかかわる多くの謎について」という論文は、「邪馬台国と古代史の最新」という論文の足らざるところを補うものである。

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