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2015年11月15日 (日)

ネパールの陰(その5)

ネパールの陰(その5)
ネパールの陰
3、貧困地域における僧侶の役割(2)

地域に寺院ができれば何故宮沢賢治のような慈悲深い人が出てくるのか? 何故か?
宮沢賢治が宇宙のリズムを感じることができたらしいことはすでに「宮沢賢治について」という論文(注4)で書いた。宇宙のリズムを感じることができるということは、神との交信、神との響き合いができるということだ。
注4:宮沢賢治について
http://www.kuniomi.gr.jp/geki/iwai/miyakenni.pdf

宇宙のリズムについては次の論文で詳しく説明している。
http://www.kuniomi.gr.jp/geki/iwai/utyuurizu.pdf
その論文で私の言いたいこと、それはここでの文脈で言えばどういうことか? 簡単に説明しておこう。

霊感というものがある。そんなものの存在を信じない人は多いかもしれない。しかし、霊魂は存在するのである。
霊感とは、神・仏が示す霊妙な感応のこと。また、神や仏が乗り移ったようになる人間の超自然的な感覚[。あるいは霊的なものを感じとる心の働き。そのように一般的には説明されているが、要は、理屈(理知的な思考過程など)を経ないままに、何かが直観的に認知されるような心的状態をいう。直感と直観とは違う。直感は誰もが感じるものだが、直観は脳の未使用の領域を使って感じるものである。しかし、特別の人には直観が働く能力が身につくようである。私は、かって黒もじの杖というエッセイに書いたが、今西錦司は直観が働いた。今西錦司は特別の人ということだが、特別の人とはどういう人をいうのか、その点を少し考えて見たい。今西錦司は黒もじの木を見つけたいと強く思った。その願いが自然に祈りとなって、天に通じ、今西錦司は黒もじの木を見つけることができたのである。
では、天に通じるということはどういうことか? もちろん、天に通じるということは、宇宙のリズムの働きによるのだが、宇宙のリズムにもいろいろあって、それを考えねばならない。宇宙に存在する霊的なものの種類がこの際のポイントだが、それは、祈りの種類を考えればいい。神に祈る。これが一般的だが、神は霊的な存在の最たるものである。神もいろいろ。神に関連する霊的な存在もいろいろである。次に、多くの人がやっていることだが、自分を見守って下さいと先祖に祈る場合がある。これは先祖の霊魂が存在することを意味している。今西錦司の黒もじの杖の場合は、それら二つの場合とは違う。今西錦司の霊魂が宇宙に存在するのである。このことについては、私の論文^_^^ - ^の第^ - ^章に書いたので是非それをご覧いただきたい。
宇宙のリズムには今ご説明した霊魂の種類だけ種類があるのである。宇宙のリズムはさまざまなだが、それは、リズムが発信される場所が違うのだとお考えいただきたい。つまり、霊的なものの存在する場所が違うとご理解いただきたいのである。リズムの発信される場所が違うけれど、現象は一つの波動方程式に従う物理現象である。宇宙のリズムの働きによる祈りの効果など、宇宙のリズムの働きによる不思議な現象を波動方程式で説明できる時代が将来来ると思うが、今のところ、祈りの効果を科学的に説明することはできない。しかし、祈りには、さまざまな種類があるけれど、それによって起こる現象は、すべて波動現象であり、一つの統一された原理で生じている、ということなのである。

以上、縷々述べてきたが、要は、いろいろな祈りというものが同一の原理でその効果を発揮するということである。したがって、いろいろな人が寺院や地域の祠や家の中で祈りを捧げていると、それらすべての祈りは共鳴し合って、宇宙のリズムは一つのより強力なリズムとなって地域に降り注いでくるのである。そうなれば、地域の人びとの中から宮沢賢治のような人が出てくる。

宇宙のリズムを感じることのできる宮沢賢治のような人とは熱心な祈りの人であって、慈悲深い人である。そのような人が出てくれば、貧困地域における児童婚ならびに女の子に対する虐めは少しずつ減っていくのではないか。祈りの地域、それが理想のコミュニティーである。理想のコミュニティーでは、女の子に対する虐めだけでなく、あらゆる虐めがない。そういう理想のコミュニティーを作るには、どうしても寺院が必要で、寺院はできるだけ多くの信者を獲得しなければならない。

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