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2015年10月 7日 (水)

山地拠点都市構想(その102)

山地拠点都市構想(その102)
第2章 山についての論考を振り返る(3)

 四手井さんは著書「森林はモリやハヤ シではない(2006年6月10日、ナカニシ出版)」で明確に言っておられるが,スギやヒノキの根は下に張らずに横に張るので災害が起こりやすい。四手井 さんの考えは,集中豪雨の被害を少なくするには,深く根を下ろす広葉樹と混ぜるとか,また崩れても山の中だけの被害ですむように,川岸の数百メートル上ま ではスギやヒノキを伐採して広葉樹に改修していくなどの対策を立てるべきだということである。
現在広く行われている切り捨て間伐については、森林の生態系から見て好ましくない。
四手井さんも言っておられるように,森林は林業のためだけにあるのではな い。動物や虫のことも考えねばならない。
 さて,管理主体の問題であるが,四手井さんは上記著書の中で,次のように言っておられる。すなわち、
『 西ドイツやスイスなどでは,谷ごと にどういう森をつくるかという林業計画が作られ,民有地の植林計画にも営林署が加わっています。それに比べわが国の場合,70%の民有林に何を植えるかは 所有者まかせです。植林には低利の貸し付け金が出ます。植える樹種によって金利を変えるとか,天然更新で森をつくったらどうするとか、その気になれば何ら かの方策が立てられるような気がします。』・・・・・と。日本の場合は,たしかに所有者まかせで,維持管理についても多くの所有者は何もせず、森が荒廃の 一途を辿っている。大問題ではないか。

以上は、 「奥山の改修」 http://www.kuniomi.gr.jp/geki/iwai/jyomoya5.html
からの抜粋である。


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