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2015年10月 4日 (日)

山地拠点都市構想(その101)

山地拠点都市構想(その101)
第2章 山についての論考を振り返る(2)

 山が荒廃しています。これは由々しきことであります。
 日本人は,縄文時代はいうに及ばず,旧石器時代の太古の昔から山とは切っても切れない関係の中で生きてきました。そして山によって生かされてきた のであります。
 山は,日本の風土の基本をなすものであります。それが荒廃するということは,日本の風土が壊れることであり,故郷(ふるさと)が喪失するということであ ります。それはとりもなおさず世界に誇りうる日本文化が消えていくということであって、日本が世界平和のために大いなる貢献をするなどということは夢のま た夢になってしまうのではないでしょうか。
 しかし、今ならまだ間に合います。早急に国民的な議論を巻き起こして各方面にアッピールしていけば、都市側の人たちの理解も進むであろう。山がイキイキとしなければなりません。農山村がイキイキとしなければなりませ ん。故郷(ふるさと)を喪失させてはならないのであります。
 故郷(ふるさと)を喪失するということは,世界に誇りうる日本文化が消えていくということでありますが、さらに、佐伯啓思さん が言っておられるように,日本国民がニヒリズムに陥りかねないという問題も含んでおり、これはまさに国是に関する重大問題でもあります。そういう国是に関 する基本的な問題について侃々諤々の議論をしなければならないのではないでしょうか。

以上は、「山の再生」 http://www.kuniomi.gr.jp/geki/iwai/jyomo000.html
からの抜粋である。

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