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2015年10月18日 (日)

近代国家の責任(その9)

近代国家の責任(その9)
5、中国に期待するもの

人は皆心身ともに健全であるべきである。国民が健康な身体を維持するためには、国の経済発展が不可欠である。そのために国際的な枠組みとして経済援助ならびに人道支援のシステムが出来上がっている。しかも、個人的に救済する組織も出来上がっている。

恵まれない人に食料を与え場合によれば治療を施す、そのための世界的な組織は赤十字である。赤十字という組織は、先進国の人びとの寄付によって支えられているという側面もあるので、私たちに馴染みの深い組織である。したがって、身体の面ではほぼ完ぺきなシステムが出来上がっている。

一方、心の方は、それを救済する組織がまったくないと言っていい。

健全な心を取り戻しまたは育てるには、何と言っても宗教がいちばんだ。

難民の場合は、国家権力が関係するので、その解決はたいへん難しい。世界的な枠組みはまったくない。したがって、ここでは、難民問題は除外する。また、現在、難民が発生していなくても、政府に問題があって、将来、難民が発生する恐れがあるような国も、同様な理由から、ここでは触れないことにする。すなわち、ここで問題にしたいのは、発展途上国の場合だけである。もちろん、発展途上国であっても、国家権力行使の違いによって、国民の経済生活はまちまちである。国家権力の行使とは、国家権力によって税金を徴収することとその使い方(国家のサービス)の意味であって、 発展途上国であっても、 国によっていろいろだから、国民の生活もまちまちなのである。しかし、心の問題は、そういったこととは関係なく存在する。

難民の場合とは違って、国家権力(税の徴収とその使い方)とは関係なく、地域コミュニティーや家庭の中で虐めを受けている人がおおぜいいる。そのような人を助けるにはどうすればいいか? それが問題だ。
まず第一に、虐めを行うケシカラン人の心を変えなければならない。そのためには、地域コミュニティー全体に「祈り」の習慣があれば、健全な心を持った人の中から誰かが心のひん曲がった人に諭すだろう。宗教が必要な所以だ。
次に、虐めを受けた可哀想な人の心も変えなければならない。慰めたりしてもほとんど将来の役に立たない。虐めを受けても平気な強い心を育てなければならないのだ。精神修養、これも宗教の大事な仕事であると思う。



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