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2015年10月18日 (日)

宮沢賢治(その5)

宮沢賢治(その5)

宮沢賢治とニーチェ

中路正恒の「ニーチェから宮沢賢治へ」(1997年4月、創言社)という本がある。この本の中で中路正恒は次のように述べている。すなわち、
『 人は時として、循環する宇宙の生命そのもの、つまり「宇宙のリズム」を、聴きとることができる。』

『 宇宙の生命、そして「宇宙のリズム」。微小においては、それは原子のリズムであり、クォークのリズムである。そして細胞のリズムや天体のリズ ム、等々・・・カールハインツ・シュトックハウゼンがそれを聴きとり、名付け、そしてその音楽が表現しているような、さまざまな次元の、さまざまな リズムである。そしてそのリズムのすべてにおいて、鋭角的な〈ひらめき〉が、音の生命でもあり宇宙の生命でもあるものとして、瞬間的に輝き、またひしめく のである。』

『 そして、このように「宇宙のリズム」に参与し、そこにみずからを組み込むことは、循環する宇宙とのあいだに、祝福を交わしあうことであり、循環を肯定することなのである。このように、肯定にかかわる一切は、本質的に音楽的な出来事であり、また音楽の本質は、本来このように肯定を表すことである のである。』・・・と。

この「宇宙のリズム」というのは、中路正恒の名付けた言葉であるが、ニーチェのいう「啓示というリズム」のことである。

中路正恒は、宮沢賢治はその「宇宙のリズム」を感じることのでき希有な人であるという。中路正恒の詳しい説明については、彼の著書「ニーチェから宮沢賢治」(1997年4月、創言社)をご覧いただきたい。現在、その内容をネットでも読むことができる。

http://www2.biglobe.ne.jp/~naxos/MiyazawaKenji/Hitotsuinochi.htm

以上述べてきたように、「宇宙のリズム」というのは、ニーチェのいう「啓示というリズム」であり、中路正恒の考えでは、 それは原子のリズムであり、クォークのリズムである。そして細胞のリズムや天体のリズ ムなのである。そして、宮沢賢治もそれを聞くことができた。

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