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2015年10月 7日 (水)

宮沢賢治(その3)

宮沢賢治(その3)

野生の精神

中沢新一の野生の精神というのがある。中沢新一は、レビーストロースに敬意を表してそういう言葉を使っているのだが、その説明がまた難しい。そこで、私は、野生の精神とは、宮沢賢治の感性と同じような精神だと言っている。先に述べたように、宮沢賢治の感性は、宇宙的であるが、自然も宇宙の一部であるから、自然的、すなわち野生的なのである。したがって、宮沢賢治は、宇宙と響き合うことができたと同時に、自然とも響き合うことができたのである。宮沢賢治は自然と一体になることができ。自然と一体になるということは、自分と自然との差別がないということである。宮沢賢治は、草木国土悉皆成仏という本学思想を身につけていた。これは、宮沢賢治が感覚的には老子やハイデッガーを超えた人物であることを意味している。宮沢賢治はそのような感性によって風の又三郎その他数々の作品を書いた。
https://www.youtube.com/watch?v=OVgoQ1GAUY0

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