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2015年9月27日 (日)

山地拠点都市構想(その99)

山地拠点都市構想(その99)

第1章 山の魅力 第6節 町田 宗鳳の語る「山の魅力」(11)

さて、東の山際からぬっと出てくる朝日は、生成を象徴している。だから、これを拝んで一日の元気な活動を祈るのである。また、西の山際から静かに沈む夕日を見て、私たちは安らかな眠りと明日の幸せを祈るのである。山の日輪は、生成と消滅を繰り返す永遠的存在である。死と再生を象徴していると言って良い。私たちの魂は、死と再生を繰り返す永遠的存在なのである。そのような心象を縄文人は持っていたし、源信も何となく感じていたのではなかろうか。
先程述べたように、山は私たち魂の故郷である。そして今述べたように、山の日輪は、死と再生の象徴である。その二つが重ね合う時、そこに「浄土」の心象が形成される。これが私のいう「山の浄土性」である。極楽浄土は山のかなたにある。

折口信夫には、「死者の書」を書く前、たった一枚の「当麻曼陀羅」があっただけだ。中将姫が蓮糸で編んだという伝承のある曼陀羅だ。折口信夫はこれを見つめ、これを読み、そこに死者の「おとづれ」を聞いたのである。そして、それに発奮し、松岡正剛が「日本の近代文学史上の最高成果に値する」と極めて高い評価をする書き上げたのが「死者の書」である。そのあらすじは次の通りである。

天武天皇の子である大津皇子は、天武の死後、叔母であり、天武の后である持統天皇に疎まれ、謀反を理由に殺されて、二上山に葬られてしまう。それから約百年の時が経った。墳墓の中で無念の思いで目覚めた王子の霊は、周囲を見回し独白を始める。そして既に朽ち果てて衣のないことを嘆きつつ起き上がろうとする。一方奈良に住む信心深い藤原家の郎女(いらつめ)は、写経に明け暮れる日々であったが、秋の彼岸の中日に、幻のように二上山の二つの峰の間に浮かぶ男の姿をみて、憑かれたように家からさまよい出た。郎女は一人で二上山の麓の当麻寺まで歩いてきて、寺で保護される。神隠しにあったとみた奈良の家からは連れ戻しに人が来るが、郎女は拒み寺にとどまることになる。郎女の夢の中にのみ幻の男は現れる。霊的な男女間の交流があるともみえるが、すべては夢うつつの世界の中での出来事である。男が衣を持っていないことを知った郎女は、衣にと思い、蓮糸で布を織ろうと試みる。秋の彼岸の中日に、郎女は再び二上山の山越しに浮かぶ男の姿を仰ぎ見る。それは極楽浄土図や尊者の姿と重なり、幻のように美しく雲の中に展開していた。やがて郎女は苦心して蓮糸で布を織り上げるが、それは棺にかける布のようで寂しく見えた。郎女は思いついて奈良の家から彩色を取り寄せ、筆をとって幻に見た華麗な浄土図を布に写し取り、完成させていく。

このあらすじを語るYouTubeは次のものが良いでしょう。
http://www.kuniomi.gr.jp/geki/iwai/sisyarou.pdf



ところで、折口信夫が「当麻曼陀羅」によって聞いたという死者の「おとづれ」の場面、これはこの「死者の書」という小説の象徴的場面である。これのYouTubeもあるのでここに紹介しておく。

http://www.youtube.com/watch?v=wUORTsrI-Ho

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