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2015年9月27日 (日)

宇宙のリズム(その11)

「宇宙のリズム」について(その11)

2、 チベットのラマ・リンポチェ・・・その認識と実際(その1)

次に、これは最近の出来事であり、しかも重要な歴史的出来事であると思うので、「チベットのケツン先生」の話を詳しく紹介しておきたい。「チベットのケツン先生」とは、中沢新一がそう呼んでいるチベットの名僧・「ケツン・サンボ」のことである。中沢新一の著書「チベットの先生」(平成27年2月、角川ソフィア文庫)には、次のように書かれている。すなわち、

『 ゴンボ先生(正式名はジェラマ・ゴンボ・リンポチェといい、非常にすぐれた密教の行者で、サンボ先生の先生である。)とともに、1943年の秋、私(ケツン先生)たちは大きな巡礼の旅に出発した。』

『 その年の10月21日のことである。チェロカ地方に向かった私(ケツン先生)たちの一行は、ウーカルタクという土地に着いた。ここはその昔、グル・リンポチェの妃であったイェシェ・ツォギャルが深い瞑想の中で、虹の身体をあらわしたという、まことに神聖な土地だった。私たちが石ころだらけの山道を登って、その聖地にたどり着いたとき、空の雲がびっくりするほどにまばゆい、虹のような色彩を発光したのだ。雲はゆっくりと変化しながら、さまざまな不思議な形をあらわした。私たちはみんな、「ほお!!」と賞賛の声をあげた。ゴンボ先生も目を細めて、この光景を見入っておられた。「見てごらん。あの雲、まるで捧げものを持った天女みたいじゃないか」仲間の若い修行者の一人が叫んだ。見るとたしかに、美しい衣を風になびかせた天女、手に捧げものを入れた器をうやうやしく捧げ持って、天空を見上げている姿が、オレンジ色に染まった雲の中からあらわれてくるようなのだ。その雲がゆっくり空を流れていく様子は、本当にうっとりするほど美しかった。輪郭もくっきりと浮かび上がった、向こうの山の頂きには、壮麗な虹の色を映した薄い雲が、長々と天空に向かってたちのぼりときおりそこから閃光が放たれている。あたり一面の大気が、このとき不思議な香りを放ちだしたのには、みんなまたびっくりした。誰もが、今まで体験したこともなかったような、心地よい快感にうっとりしていた。誰かが「きれいな音楽が聞こえてこないか」と言いだした。私たちは、耳をすませた。すると不思議なことに、お寺で聞くはずの笛や太鼓やドラの音そっくりの音が、空の上から降ってくるように、たしかに感じられるのだ。私たちが驚き騒いでいると、その内にこの瞑想場にこもって修行している人たちまでもが、小屋の扉を開けて、外に出てきた。その人たちも、この光景には度肝を抜かれたようだった。「空に壮大なマンダラがあらわれた」とか、口々に驚きを語り合っている。ウーカルタクの修行者たちも、ゴンボ先生のお供でやってきた者たちも、このような脅威の現象を目のあたりにして、いつまでも空を見上げて、口々に驚嘆を語りあった。そして、この現象は、太陽が完全に沈んでしまうまで、何時間も続いたのである。』

『 ところが、そんなことがあった四日後の10月25日の朝のことである。すでに山の端から昇った太陽が、さんさんと陽光を大地に降り注いでいるのに、同じ空からは雨が降りかかり、その異様な天候のさなか、大地震が大地をゆらゆらと揺さぶりはじめたのだ。空には不気味な音響がとどろきわたり、大地から閃光がほとばしり出た。地震は長い間続いた。そして、大地の揺れがおさまったのちも、不気味なとどろきと閃光の瞬(またた)きは、やまなかった。私たち弟子は、この天変地異を体験して、すっかり恐ろしくなり、落ち着きを失って、みな大急ぎでゴンボ先生のいらっしゃる瞑想小屋の前に集まってきた。』

『 皆は口々に「先生、これは一体どうしたことなのでしょうか」と質問した。するとゴンボ先生は落ちついた様子で、こうおっしゃった。『心と存在の本性を見通してしまったラマが亡くなろうとしているときには、前兆としてよくこういう不思議な現象がおこるものなのだ。それが、私にいま起ころうとしている。』・・・と。

そして、ゴンボ先生は、そののちに大事な弟子のために最後の教えをし教え終わってから、亡くなるのだが、その際にも誠に不思議な現象が起こったのだが、この点については省略する。興味のある方は 中沢新一の著書「チベットの先生」(平成27年2月、角川ソフィア文庫)を読んでもらいたい。神から選ばれた人が亡くなるときには、天変地異が起こるのだということが、私のいちばん言いたいことである。その天変地異は神の意志の現れであり、神は、大事な弟子のために最後の教えをし教え終わるまで死んではならぬということを意思表示なさるのであろう。ゴンボ先生はその神の意志のまま生き、そして死んでいかれた。同じことが日蓮にも起こっている。

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