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2015年8月12日 (水)

山地拠点都市構想(その93)

山地拠点都市構想(その93)

第1章 山の魅力 第6節 町田 宗鳳の語る「山の魅力」(5)

以上、町田 宗鳳の考えている「山の魅力」を紹介したが、その中で、宮沢賢治の「日輪と山」という絵を紹介した。この「日輪と山」という絵は、古代から連綿と続いてきた「日輪観」を表したひとつのシニフィエである。日本人の「日輪観」のシニフィエについては、かの有名な「山越阿弥陀図」というのがある。
「山越阿弥陀図」についてはかってそのホームページを作ったことがある。 2005年7月3日、多摩美術大学で川本喜八郎の人形アニメーション映画「死者の書」の試写会があり、それに感動して作ったのである。「死者の書」は、折口信夫の書いた小説であるが、松岡正剛をして「この作品が日本の近代文学史上の最高成果に値する位置に輝いていることを言わねばならない。この一作だけをもってしても折口の名は永遠であってよい。」と言わしめている。私にはそこまで言う知見がないけれど、立派な小説であることは判る。この折口信夫の「死者の書」に関連して、「山越阿弥陀図」については後で詳しく解説するが、まず川本喜八郎の人形アニメーション映画「死者の書」の試写会に関連する私のホームページを見ていただきたい。
http://www.kuniomi.gr.jp/geki/iwai/yamagosi.pdf

私のホームページには、代表的な三つの「山越阿弥陀図」を紹介したが、その他にも多くの「山越阿弥陀図」がある。問題は、「山越阿弥陀図」というものが何を意味するシニフィエなのかということだ。実は、折口信夫が「山越しの阿弥陀像の画因」という「山越阿弥陀図」の何に感動して「死者の書」という小説を書いたか、その動機とも言える「山越阿弥陀図」の解説をしているのである。原文は次の通りであるが、少々長いので、要点を以下に解説しておきたい。
http://www.kuniomi.gr.jp/geki/iwai/oriyama.pdf

「山越阿弥陀図」というのは、宮沢賢治に「日輪と山」と同じように日本人の「日輪観」を暗喩するシニフィエであると同時に、日本人の「死生観」と「浄土観」を暗喩するシニフィエでもある。
まず日本人の「死生観」について述べよう。日本人の「死生観」は、日本人の「霊魂観」と言って良い。日本人は人間の魂(たましい)は蘇るものだと考えてきた。最近は、間違った科学的知識に毒されて、魂が蘇るなんてことは迷信であると考えている人が多い。しかし、「霊魂」というものは実際に存在するし、プラトンが言うように不死なのである。このことについて私は「霊魂の哲学と科学」という電子書籍を出版しているので、それを是非読んでいただきたいが、古来、日本人の感覚としては、「霊魂」は蘇るのである。




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