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2015年7月17日 (金)

山地拠点都市構想(その89)

山地拠点都市構想(その89)

第1章 山の魅力 第6節 町田 宗鳳の語る「山の魅力」(1)

 私たちは、特別な知識がなくても、一般的に、山に入れば深い感動を覚える。しかし、「山の神」の存在に注目すれば、全国各地の「山の神」を通じて、その地域の山の魅力をより深く感じることができる。町田 宗鳳は、その著書「山の霊力」(2003年2月、講談社)で一般的な「山の魅力」について語ると同時に、地域の祭りや風俗と「山の神」との関係を語っている。その他、特殊な山として、「験を修める山」と「魂が蘇る山」について語っているが、前者の修験道の山である出羽三山、比叡山、愛宕山、大峰山、山上が岳、そして後者の山である御岳山、高野山、立山、恐山、白山、剣山、石鎚山、屋久島については、まあ特別な山であり、書かれた書籍も多い。したがって、ここでは、町田 宗鳳の語る一般的な「山の魅力」と山の魅力と「山の神」との関係を紹介することとしたい。

(1)一般的な「山の魅力」

1、日本の山は、個性が豊かである。北海道から沖縄まで日本列島の風土は非常に変化に富むが、それと同じように全国に散らばる山々の姿も、地域によって大きく異なる。ほとんど一年中、雪をかぶっている険峻な山もあれば、今も噴煙を吐き出している活火山もある。雄々しき岩壁を天にそそり立たせる山もあれば、女体を思わせるような柔らかく優しい山もある。だから、山に登って飽きるということがない。私も世界各地を旅してきた人間の一人だが、これほど山容の豊かな風土を持つ国も珍しい。いわゆる「日本百名山」と呼ばれる山々をひとつひとつ丹念に登っている人びとが多いのも、むべなるかなである。しかも、それらの山が人びとの暮らす都会から、けっしてかけ離れた距離に存在する訳でなく、その気になりさえすれば、ありがたいことにいつでも訪れることができる。外国の高い山が、ベースキャンプに到達するまで、何日も歩き続けなくてはならないところにあったりするのと比べて、日本の山々は人間の生活空間と隔絶した場所にある訳ではない。人間界とつかず離れず、ちょうどいい具合の場所に堂々と横たわっている。

2、日本はどこに行っても、里人たちは祠(ほこら)を建てて山の神を祀り、それを中心として、さまざまな祭典を営むだけでなく、山を精神的鍛錬の場とする習俗を伝えている。登山そのものを教義の中心にすえている宗教というのは、世界広しといえども、日本の修験道ぐらいのものである。おまけに山にまつわる伝承文学となれば、これは日本の独壇場に近い。もちろん外国にも山に関連する物語は多々あるが、日本人ほど山という空間に対して想像をたくましくし、盛りたくさんの説話を世代から世代へと語り継いできた民族も少ない。物語の世界で山姥(やまんば)、雪女、山男、山童(やまわらわ)、河童、ひとつ目小僧、鬼、天狗、仙人など、さしもの深山幽谷も多彩な住民でひしめきあっている。最近、日本の山を埋め尽くしている宗教色抜きのハイカーでさえ、山の頂上に至れば、ご来光を拝んだり、そこにある祠に手を合わせたりしている。

3、山の風景は美しい。アルプスやヒマラヤのように純白の雪をかぶって、神々しく天を突く山の姿は、おのずと人間の崇高な感情を抱かしめる。神に出会ったときの敬虔感情も、かくなるやと思わしめるものがある。いや、そのような容易に人をよせつけることのない孤高の山との出会いは、崇高な感情、といったよそよそしいものではなく、全身がわなわなと震えるような強烈な肉体感覚をともなった、一種の宗教的体験と言った方がよいかもしれない。そんな山の不思議な魅力に取り憑かれて、どれほど多くの人間が山で命を失っていったであろう。また、そんなに聳え立つほどの高さがなくとも、日本ならどこにでもある里山のように、その瑞々しい緑に覆われた穏やかな山並みに、魂が揺さぶられるような深い郷愁を覚えた経験は、誰にでもある筈だ。低くて小さい丘のような山でも、妙に存在感のある山もある。
兎追いしかの山、
小鮒釣りしかの川、
夢は今もめぐりて、
忘れがたき故郷。

如何にいます、父母
恙(つつが)なしや、友がき、
雨に風につけても、
思いいずる故郷。

こころざしをはたして、
いつの日にか帰らん、
山はあおき故郷、
水は清き故郷。

今やこの文部省唱歌をいつでも歌えるというのは、中高年層に限られるようになったのだろうか。それにしても日本人は実際の出身地とは無関係に、山と故郷のイメージを重ね合わせ、自分の深層心理に不思議な精神空間を構築し、そこにはえも言われぬノスタルジアを覚えてきたのである。特に日本人の場合、たとえ都会の中で、日々、多忙な生活を送っていたとしても、いつか暇ができれば、山間のひなびた温泉に出かけて、のんびりと清流でも眺めながら、湯に浸かってみたいという思いを心の片隅に秘めている人が、年齢層にかかわらず多い。若い女性向けの月刊誌でさえも、しばしば温泉つきの山宿特集を組んでいる。そのように、どこか日本人には子が母を求めるように、山を懐かしむ心情がそなわっているようだ。

4、日本中の山々が、年中あまり色彩的変化のない針葉樹林に覆われるよおうになったのは、ここ100年ぐらいのことである。植林されたことのない山は、劇的にカラフルであった。春から夏にかけて、その緑は日増しに濃くなっていく。まるで赤ん坊の細かくて柔らかい髪が、大人の太くて硬い髪に変わっていくようだ。秋がやってくると、その毛皮の緑色が、誰の仕業なのかいきなり燃え立つような赤や黄色に変わってしまう。紅葉は細胞内の葉緑素が分解しておきる現象などという無粋な科学的知識を持ち合わせなかった古代人は、その音楽的といえる色彩の変化に身体全体で感動していたのかもしれない。(中略)山は生きている。きっと生きている。古代人はそう感じていたにちがいない。いや色彩だけではない。山はいくつも自分の声を持っている。春風のそよぎは楽しい山の笑い声、走り抜ける木枯らしは山の悲しみを伝えるため息、猛り狂う吹雪は山の咆哮(ほうこう)。その声を聞いているだけでも、山が感情を持っている激しい生き物であることを古代人誰も疑わなかったのではないか。おまけに山は動く。雨の中では遠く霞んで見えた山も、雨上がりには手の届くほど近くに寄ってくる。いつの間に動いたのであろうか、恐ろしく速足(はやあし)である。



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