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2015年7月 4日 (土)

秩父神社(その9)

第7章 武甲山

「秩父神社の歴史的考察」の第7章は、まず第1節で秩父神社の宮司・園田稔さんの仰っていること「秩父地方の風土全体を守って下さる国魂の神として特別お名前を呼ぶ必要もなく、ただ「大神」と称え申し上げている。」「 この神様が鎮まるところが武甲山である。」「 たしかに武甲山は、その山麓に対面して鎮座する秩父神社の、いわば神体山に当たる。」を紹介し、これらのことをもとに第2節以降の論考を重ねた。

第2節では「武甲山は霊山である」ことを述べたが、集落の人びとが日頃見ている周りの風景の中で、霊山とは、 縄文時代以来、 その風景の中に特別視した山であって、時にはその山頂に登って祭祀を行った山である。 武甲山の風景は今なお人びとの心に深く浸透していて、確かに武甲山をその風景の中に特別視される「霊山」であるので、この節で現在における武甲山の風景のさまざまを紹介した。 第3節では、武甲山とヤマトタケル伝承について述べた。 秩父地方にはヤマトタケル伝承が実に多い。しかし、 ヤマトタケルが歴史上の人物でないことを考えると、武甲山には古代から「古層の神」が祀られていたのは間違いない。では「古層の神」とはどのような神であるのか。私には「古層の神」とか「和のスピリット」とか「ホト神様」とかいろいろ書いたものがあるが、この度は、老子の「玄牝の門」との繋がりをいろいろと考えてみた。その結論は、 武甲山の神は、宇宙の真理を象徴する神であり、すべてのものを生み出す大神なのである。それが私のこの度、思考を重ねて辿り着いた今の考えである。私たちは、武甲山の神に、新しい命の誕生と地域の豊穣を祈るのである。すなわち、武甲山の神は「豊穣の神」である。第4節は、武甲山の象徴「龍」について書いた。 武甲山の神は「豊穣の神」であるので、武甲山の竜神と「豊穣の神」は言い方が違うだけで、同一の神である。「竜」は武甲山の象徴であるが、それは「豊穣の神」に他ならないのである。宮田登によれば、 中国の竜神(りゆうじん)信仰は、日本の水神にも影響を与えており、水神と竜神は一体化している事例が多いし、 水神は豊穣をもたらす神であり田の神と同一視されているので、水神は田の神や山の神と一体化していて3者をそれぞれ明確に区別できなくなっている。 秩父の人びとの潜在意識には「古層の神」が二人いる。第3章で詳しく述べた秩父神社の「妙見さん」とこの章の第3節で述べた武甲山の「宇宙の真理を象徴する神」「豊穣の神」である。秩父の人びとにとっては、それら二人の「古層の神」、すなわち秩父神社の神と武甲山の神を切り離す訳にはいかないのである。 第4節は、武甲山と諏訪神(ホト神様)の繋がりについて説明した。、武甲山の蔵王権現社や熊野権現社の祭祀を行っていたらしい。それらの人びとは、諏訪の守屋氏の末裔であり、本来の神は諏訪神である。 縄文時代から、 秩父は守屋氏の領地というか支配する土地でもあり、 武甲山の神を祀っていたのは諏訪の守屋氏の末裔である。したがって、武甲山の本来の神は諏訪神、すなわちソソウ神(ホト神様)である。

http://www.kuniomi.gr.jp/geki/iwai/titikou7.pdf

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