« 嵐山の周恩来記念碑を訪ねて | トップページ | 岩井國臣の「知られざる京都」(その履歴) »

2015年6月23日 (火)

山地拠点都市構想(その88)

山地拠点都市構想(その88)

第1章 山の魅力 第5節 思い出の山さまざま(9)

浄土の思想は、 円仁(慈覚大師)から始まり、元三大師、源信でほぼ完成・・・・・、法然、親鸞へと繋がっていく。一般的には、極楽といえば、法然の浄土宗や親鸞の浄土真宗を頭に浮かべるが、その源流をたどれば源信の「往生要集」にいく。宗教に関心をもつ人であ れば源信を知らない人はないであろう。紫式部も源信の影響を受け、世界の名著・源氏物語は源信の思想を背景にして出来上がったと言って過言ではない。源信は誠に偉大な人である。しかし、実をいうと、浄土教えの源流をたどっていくとあの・・・・「円仁(慈覚大師)」にいくのである。

 比叡山の浄土教は、承和14年(847年)唐から帰国した円仁(えんにん)の・・・・常行三昧堂(じょうぎょうさんまいどう)に始まる。金色の阿弥陀仏像が安置され、四方の壁には極楽浄土の光景が描かれていた。修行者は、口に念仏を唱え、心に阿弥陀仏を念じ行道したのである。この念仏や読経(どきょう)は曲節をつけた音楽的なもので、伴奏として笛が用いられたという。声美しい僧たちがかもしだす美的恍惚的な雰囲気は、人々を極楽浄土への思慕をかりたてた。また、熱心な信仰者のなかには、阿弥陀の名号を唱えて、正念の臨終を迎え、臨終時には紫雲(しうん)たなびき、音楽が聞こえ、極楽から阿弥陀打つが25菩薩をひきいて来迎(らいこう)するという、噂(うわさ)も伝えられるようになった。
 この比叡山は円仁によって始まった常行三昧堂(じょうぎょうさんまいどう)の行道が源信に引き継がれ極楽浄土の思想が「往生要集」として確立するのである。源信と恵心院については、次のような私のホームページがあるので是非ご覧下さい。
http://www.kuniomi.gr.jp/togen/iwai/esin-in.html

修行僧に必要なのは読経(どきょう)であるが、私たち一般の人間には、そういう宗教的生活はおおよそ無縁である。しかし、日常の生活空間に「奥」の空間があれば、自然との響き合い、「山の霊魂」との響き合い、神や仏との響き合いができる。

上述のように、「奥」の空間というのは、ひとつの「シニフィエ」であって、自然の霊力を感じることのできる特殊な空間である。そういう空間は、顕微鏡の中にもある。顕微鏡で生物の細胞の動きなどを観察していると、生命の不思議を感じ、自然の摩訶不思議なところにある種の感動を覚えることがある。自然の不思議を感じること、それは「身体と脳の学習プログラム」の根本的要素である。上述したようなイメージの里の川の河原は、「身体と脳の学習プログラム」実施のひとつのフィ−ルドであろう。私がそういったことを自信をもって言えるのも山の体験のお蔭である。


« 嵐山の周恩来記念碑を訪ねて | トップページ | 岩井國臣の「知られざる京都」(その履歴) »

文化・芸術」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く

(ウェブ上には掲載しません)

トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.f.cocolog-nifty.com/t/trackback/1117507/60486628

この記事へのトラックバック一覧です: 山地拠点都市構想(その88):

« 嵐山の周恩来記念碑を訪ねて | トップページ | 岩井國臣の「知られざる京都」(その履歴) »