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2015年5月28日 (木)

秩父神社(その4)

第2章 大和朝廷と秩父

「秩父神社の歴史的考察」の第2章では、大和朝廷と秩父との関係がいつ頃からどのように始まったか、その歴史を書いた。大和朝廷が関東を支配下に入れるのは6世紀であり、知知父彦命が秩父神社を創建したのは、6世紀以降であるが、知知父彦命が上野国から秩父にやってくる6世紀の頃には、すでに多くの渡来人が秩父にやって来て、鉱山開発に当たっていた。それが和同開珎をもたらすのであるが、和同開珎に関して羊太夫の伝説が秩父では語られているが、羊太夫とはそもそも何者か? 私はそれを詳しく説明し、羊太夫は秦氏であると断定した。その後も、大和朝廷と秩父は、恒望王の頃、9世紀の初頭には深い関係にあった。そして、将常の頃、11世紀の初頭には秩父平氏は坂東武士の中心的存在となり、大和朝廷を大きく支えたのである。 その将常が秩父神社に妙見菩薩を祀った。

http://www.kuniomi.gr.jp/geki/iwai/titikou2.pdf

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